The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2008年11月アーカイブ

I was insane

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本郷に茂木さんと安藤忠雄さんの対談を聞きに行く。

200811291458000.jpg

サインする茂木さんと安藤さん。

写真だけでしかみたことがない安藤さんは
いかめしい雰囲気の人かと思っていたら
「大阪のおっちゃん」という感じで好感が持てた。

質疑応答の時間に質問をしたのだけど、
終了後に茂木さんに「お利口な質問だったね」と
言われた。
そして、

相手の懐にもう一歩踏み込むんだ。
切り口が大事なんだ。

ともいわれた。
もっと切れ味の鋭い質問ができたら、
それはきっと楽しいに違いない。

終了後の打ち上げで、あるかなあ・・・と思っていたら
やっぱり「乾杯の前になんか一言いえ!」
といわれて、あわあわあわとつまらないことを言った。
こちらは落第点だったなぁ。

そのあとはみんなでわいわいとやり、
時々生意気な感じで茂木さんにつっかかった。
連続的に酩酊感は進行していった。
だからだろうな、だんだんとだんだんと酔いが回っていったから、
気付かなかった。

今日の朝、起きた途端に
「昨日の自分はひどかったな・・・」
という猛省に駆られた。
帰りしなに、まっすぐ歩けないのを逆手にとって、
わざと電信柱にぶつかって笑いをとろうとして、
でもまったく面白くなくて、
ただただそういうことをした昨日の自分が恥ずかしい。

「いやあオレは○△×だと思いますよ!」とかなんとか
今ひとつ思慮に欠けた発言などもした気がして、
また一つ品位を下げたと思う。

脱抑制は気持ちがいいのだけど、
やはり価値のある知性というのは
衝動と抑制がせめぎ合う中にしかない。

酔っぱらってもへたれにならず、
潑溂とした知性を維持できるようになりたい。
維持、というかそれが本質になるように。
いまはまだソフトウェア的にエミュレートしているに過ぎない
はりぼての知性。

心の中にイメージする知の巨人は
居合いの達人のような空気を纏っている。

Life is a miscelanea

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カーテンを開けたら、窓がびっしりと結露していた。
それで、ああ、寒いんだなあと思った。
ロックを外して窓を開けると、空気がまるで雪の降った後の朝みたいだった。
鋭い冷たさと、たっぷりと湿気を含んだ空気。
寒いんだけど、なぜだか許せてしまう霊験さがある。

足下を見ると結露の水滴がおびただしく床に落ちていて、
このままではカビちゃうな、と思って雑巾で拭いた。
それでお掃除モードのスイッチが入って、
掃除機がけをはじめた。
晴れてきたみたいなので、すかさず洗濯機のスイッチも入れた。

物を別の場所に移動して、空いた場所の掃除機がけをして、
終わったら別のものをそのきれいになった場所において、
そこに掃除機をかける。
それを繰り返して、清掃済み領域を拡大してゆく。
合間に洗濯物を干す。

本当は家事なんかせずに、論文を読んだり、プログラムを
作ったりしたいんだけど、と思いつつ、
丹念に掃除機をかけているうちにそういったことは忘れる。

一人暮らしする前は、家事とはまったく無縁だったわけで、
あのころと今で家事に対する考え方は変わった。
家事をしなくてよかったころは、
勉強や研究にかけられない時間はすべて無駄で、
極力そういうことはしたくないと思っていた。
受験生だった頃は一日16時間勉強だ!勉学に狂うと書いて勉狂だ!
とかいって勉学に打ち込んでいた時期もあったし、
大学に入った後も、そんな感じだった。

当時はそれが可能だった。
いま思えばなんて贅沢な環境にいたのだろうと思う。
そのような雑事を一身に引き受けてくれていた
家族、特にハハにはいくら感謝してもしたりない。

今は次に食べるご飯のことや、
コーヒー豆の補充が切れていないかどうかや、
そろそろ服のストックがないけれど天気がわるくてなかなか
洗濯ができないことなどが頭の半分ぐらいを占めていて、
起きている時間をすべて勉強や研究の為に注ぐということができない。

そんな状態がもどかしく思う時もあるけれど、
最近はそうやって生きることを受け入れていて、
というより、むしろ、それが生きるということではないか、
という気がしている。

3秒に一回ぐらいの頻度で飛んでくる打球を打ち返しつつ、
遙かなる目的地を目指し走る。
そんな感じ。

昔、茂木さんが言っていた
「世界全体を引き受ける」ということ。
茂木さんは決して家事をやれ、という意味でいったのではないと思うが
その言葉を聞いた後に、自分の中で消化されて出てきた答えが、
こういうことなのだと思う。

社会に対してナイーブだったころは、
世の中で起きていることのほぼすべては"他人事"であり、
自分に関わりのあることではないと思っていた。
だから自分の世界はすごく狭かったのではないか。

自由意志の問題も、日本の政治機能が麻痺状態にあることも、
掃除機の紙フィルターの補充が切れたので買ってこなければならないことも、
等しい切実さを持った自分の問題であり、
「それはオレの問題だ!」と声を上げて、
何か考えて、行動を起こしていい。

とはいってもやはり自分としては自由意志の問題が大問題なわけで
肩入れしたいのだけれども、
その他の問題も目障りだし、ホームランをかっ飛ばせたら
それはきっと気持ちがいいはずだ。

いろいろ滞っているけど、じきに片付けてみせるさ。
最近ご飯をきちんと食べているせいか、
たくさん寝ているせいか、
都心が近くなったせいか、
あるいはそれら全部のせいかしらないが、
調子が良くてモチベーションも高まっている。

今年一年は充電の年、と決めてのんびりやってきたけど、
いよいよ力が貯まってきたようで。
今年最後の月が始まる3日前。

gas stove

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http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/11/post-c280.html

こんにちは、「近頃幸せなる種族の一員」、野澤真一です。

なんで幸せかって言うと、
数日前にガスストーブを買ったからで、
これが暖かいのです。
それまで暖房器具はエアコンしかなかったのですが、
ダイニングキッチンにはエアコンの風が届かず、
寒い思いをしていたのです。

CIMG3797.JPG

とかいって、幸せの理由は他にあるのですが。

茂木さんに、いつものごとく
「おまえ、論文書けよ!」
と言われ、やはりいつものごとく
「いやあ、書こうとは思っているのですが・・・」
とオレが言葉を詰まらすと、
関根さんが
「野澤はまず実験をやるべきだね」
とおっしゃり、軽く戦慄。
いえ、あの、はい、論文どうこうのレベルじゃないっすよね。

「今月の末までに論文を書き上げるぞ!」と
たぶん5,6回は決意をしたのだけど、
何故か"今月の末"どころか、"年末"にさしかかってきている。

12月のゼミの予定が送られてきて、
茂木の先生におかれましてはなかなかやるきであられる。

12月1日(月) 11時〜14時
12月5日(金) 10時〜12時
12月8日(月) 10時〜12時
12月12日(金) 14時〜17時 
12月17日(水) The Brain Club Xmas Special
12月19日(金) 10時〜15時
12月22日(月) 13時〜17時 
12月26日(金) 14時〜17時(年内最終)

これは確実に2回は出番が回ってくる。
ようし、やるどー

Countdown Start

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昨日は割烹でふたつの家族が集まって夕食会。

最初は両家族とも緊張していたけれども、
食事が進むにつれてうち解けて、
会話が弾み、よい宴になったと思う。

すごい量のご馳走で、みんなでせっせと食べたけれど、
結局食べきれなくて、
大量におみやげをもらってきた。

今日は、向こうの家族が新居を見たいということで
訪ねてきたので、
昨日のおみやげを使って料理を振る舞った。

- サラダ
- 魚の切り身のペペロンチーノ
- 卯巻き(刻んだうなぎ入りの卵焼き)
- マルゲリータピザとシーフードなピザ

久しぶりにピザを作った。
いままで薄力粉と強力粉の割合を1:1にしていたけれど、
強力粉を多くしてみたらもちもち感が増しておいしかった。

マルゲリータピザはシンプルなだけに難しい。
塩味を加えるとぐっとおいしくなるけれど、
それはマルゲリータピザ本来のおいしさなのか疑問。

お刺身が余っていたので、
それを細かく切ってトマトペーストの上に散らして、
その上にゴーダチーズを乗せたピザを作ったらおいしかった。
ゴーダチーズは塩味がしっかりしているので味が際だつ。
それに加えてただ魚の切り身を乗せただけなのに、
なんとも言えない海の幸の香りを纏って、
チーズの塩味とあいまって旨みのぐっときいた味になった。

CIMG3793.JPG

おいしいものを食べて、
楽しく話をするというのは、
なんと幸せな営みであろう。

それは誰にでもできて、
凡庸で、地味で、
ありきたりなことなのだけれど、
でも、何かを祝福するという点において、
それ以上に優れた方法はないように思う。

Not apple, but makoto

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かつての修士課程時代の同期で就職した友達が、
リクルーターとしてすずかけ台に来て、
「うちの会社はこんなところですよ」というトークをしに来たので、
サクラとして聞きに行った。

一年経ってその人は立派な社会人になっていた。
それは、立派なことだと思う。

修士時代のオレならば就職するということは、
一種の堕落だと思っていた。
仕事をするというのは、お金を稼ぐということで、
それは自分にとっては堕落以外の何者でもなかった。

それが、そういう見方が変わったのはつい最近で、
会社というのは世界を代えるためにあるのだ
(あるいはそのような可能性をもつ)
ということに気付いたからだった。

世界は変わるのである。
それも、良い方向に。

そうして無力にしか思えなかった自分でも、
そのような力があるのだと感じられるようになってから、
世界の見方は変わった。

* * *

夜は新宿。
指導教官の影響で、たまに週刊文春を読むようになって、
そのなかで一番面白い記事を書くのは椎名誠さんだった。
その椎名さんと指導教官の人の対談があって、
めずらしくそれを聞きに行った。

飲み会で、椎名さんのすぐ近くに座るという行幸に恵まれたが、
あまり話すことができなかった。

それでも、その後で、
指導教官の人と話す時間はとれて、
それは楽しんだ。

改めて、自分の指導教官は面白い人だと思う。
そうしてなんと誤解が多く、その本当の魅力が
歪曲されて理解されていることかと思った。

そんなことはいまさらなのだけれど、
でも、やはり。

うちにはテレビがなくて、もうそのメディアからは
情報を得なくなって久しい。
それでも、その"終わってる"メディアを通じて、
その人がどのように流通しているかというのは
わかっているつもりであり。
もはや、一定以上の知性を持つ人にとって、
そのメディアの情報はクズでしかない。
それでもそのひとは、その現場でベストを尽くしている。

声を大にして叫びたいのは、その人の真価はそんなものでは
ないのだということであり、
僕の良識ある仲間たちはみな賛同してくれるに違いない。

声を大にして叫びたいのは、
この世界の広大さと、
得体の知れない魑魅魍魎が跋扈しているということであり、
あんたの偏狭な枠組みでは捉えきれない何かが
生息していると言うこと。

間違っても、その世界がすべてだなんて思わないでね。

what's tomorrow?

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先月の半ばに引っ越しして、
それからしばらく引っ越しの荷ほどきとか、
生活を安定させていく・慣れていくのにすこしかかって、
で、ある程度慣れてきてからは、
すこし負荷が大きい仕事が2つあった。

octaveを使ったプログラムとサーバーの運営の仕事がひと山と、
バイトでやっている仕事がひと山あって、
octaveの方は先週の週末に終わって、
バイトの仕事の方は今日、一段落した。

いま、生きてる時間の半分をバイトに注いでいて、
残りの半分のうちの4分の1程度しか研究に割けていない。
そのほか家事やら来月の人生の一大事にまつわるものやら
サーバーの管理の仕事やらでなくなっていく。

時間の配分としてはもっと研究に時間を注ぐべきで、
バランスを欠いているのだけど、
でも、生活に安定感がでてきた。

バイトの時間が多すぎるのだけど、
でも、いまのプログラムバイトをすることは、
自分の精神衛生上とてもよろしい。

何かをやっている、という手応えがすごくある。
プログラミングは、もちろん知らないことがたくさんあるのだけど、
手探りでやっていって、新しい知識を身につけて、
すごいスピードで成長しているのが自分でわかるし、
プログラムといっても、ものを作っている感覚に近くて、
ひとつものを作るごとにすごく達成感がある。
できるものは段々と高度になっていくし、
何かを成した、という成功体験は自分に自信を付けてくれる。

バイト先やCSLに行くのに自転車で行くのもいいのかもしれない。
それなりの運動量になるので、
少し贅肉が減ってような気がする。

ともかく、気持ちにも体にも"張り"のようなものが感じられて、
毎日充実している。

あれやらなきゃ、これやらなきゃ、と追い立てられるような意識で、
仕事をしていくよりも、
今日はこれをやろう、あれをやろう、と
攻めていく感じで仕事をするほうがいい。

生活が安定して余裕が出てきたので、そういう風にできるようになってきた。

明日もやるぞ。


Destination Unknown

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先週、歯医者の治療をした。
家から目と鼻の先にある歯医者さんで、
治療してくれた先生はけっこうなおじいさんである。

かくしゃくとしたじいさんで、
仕事ぶりも長年の経験に裏打ちされているからなのか、
自信が感じられて頼もしい。

「この歯の隙間にゴミがたまりやすいから、
こうやって歯をみがきなさい。
こ、うやって、ローリンッ、ローリングして、
掻き出すんだ」

歯ブラシをガッっとオレの口につっこんで、
ローリンッの実演をしてくれた。
ぐわしっ、ぐわしっと、力強い。

頼もしいじいさんだと思った。
ふと、昔のことを思い出す。

* * *
八紫生のじいさん
2005-01-22 (Sat)

仕事で行ったとある病院の目と鼻の先にある定食屋で昼飯をくった。
おそろしく古い店でお世辞にも綺麗とは言えない。
その古さはオレが生まれる前の昭和50年とか
それぐらいのかおりを漂わせている。
店を切り盛りしているのは総白髪のじいさん一人きりである。
以前何度か来たことがあるが今日はいつになく混んでいた。
じいさんは一人でハンバーグ焼いたり飯盛ったりキャベツ切ったり
大忙しである。
幾分待たされて注文の品を持ってきたとき
御老体にむち打って
息でもきらしているかしらと思ったら
全然そんなことはない。
じいさんは

 「おりゃもう70だよ。
  正月っから休みなしで働きっぱなしだよ。
  わっはっはっ」

と大威張りである。
店はきたね-し、料理の盛り付けはおおざっぱだが

 「ああ忙しい忙しい。
  いきなり混んできておりゃびっくりしちまったよ。
  ありがてえありがてえ。
  (普段はどうなんですかと聞くと)
  いつもはおめえ、閑古鳥がないてるよ」

と独り言なんだかこっちに話し掛けてんだか
わかんない風にしゃべりながら
ががががーっと仕事をこなすのを見ていると
そんなことは些細なことに思えてくる。
オレは一発でこのじいさんがすきになってしまった。
こんな矍鑠(かくしゃく)としたじいさんははじめてだ。

・・・(中略)

その店は跡継ぎがいないから、
じいさんが死んだら終わりだそうだ。
だからじいさんは死ぬまであの店をやっていくつもりらしい。
と、親父に聞いた。
すごくいいと思う。
かっこいいぜ、じいさん。
じいさんがポックリいく前に、またあのお店にいこう。

* * *

八紫生のじいさんは元気だろうか。

行き先はしらない。
でも、ああいうかくしゃくとしたじいさんになるのはいいな。

Japanese, only just a local language

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「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」
水村 美苗


この本がとてもすばらしい。

彼女に、「これ、いいんだよ、はい」と
ちょっと押しつけがましく渡されたのがきっかけで、
読み始めたのだけど、
いつのまにか真剣に読んでいた。

まず、この本の日本語が美しい。
何よりも先にその点において不意打ちを食らった。
そうして自分がいかに美しい日本語を書くこと・読むことに無自覚であり
それらに関する感性が低いことを猛省した。

文体に冬の早朝の空気のような凛とした緊張感がある。
硬質な文体なのだけど、無機質さや冷たさは感じられず、
むしろ熱を感じる。

実はまだ半分しかよんでなくて、これを書いているのだけど、
冒頭は「熱い」というより「けだるい」熱っぽさを帯びている。
それが次第に危機感をまとった熱さになってくる。

いや、ほんと、こうやって日本語を書き連ねているのが
恥ずかしくなるぐらいきれいな文章なのだ。
普段目にしている日本語が薄汚れてみえるほどに。

内容はタイトルからいくらか推測できるだろうか。
「日本語が亡びるとき」
かなりラディカルなタイトルだと思う。

最近の若い人のしゃべる日本語は乱れてしまって仕方がない、
とかいう話では全然ない。
端的に言ってしまえば英語の台頭によって、
日本語はその存在感をなくす、というものだ。

まだ半分までしか読んでいないので、
最後まで読んだら違うことが書いてあるのかもしれないけれど、
日本語が亡びるというのは日本語を話す人がいなくなるというわけではなくて、
日本語によって世界で最高の水準の知的生産活動がなされなくなる、
ということだと思う。

それは、現段階でももうかなり進行してしまっていて、
日本語で書かれた論文は、その存在感がゼロに等しい。
現在では研究者は研究した内容を英語で発表しなければ、
それは研究しなかったのと同じことだし、
研究者が読むものあるいは聞くものといったら英語によるものだ。
そうしてそれは日本語だけではなくドイツ語やフランス語でも同じなのである。

この本を読む前は
「いまは英語が流行っているけど、昔は物理はドイツ語だったし、
 外交ではフランス語だった。
 そのうちまた違う言語が流行るだろう。
 その時は日本語が流行るかもしれない。」
というぐらいに思っていたが、
その認識は甘かったことを痛感した。

言語にはネットワーク外部性の性質があるのだ。
使っている人が多ければそれを覚える方が有利である。
だからそれを使うようになる。
そうして使う人が増えて、さらに便利になる。

現在の英語の普及率を考えると、
もはや正のフィードバックを押しとどめることはほとんど不可能だろう。

「英語はラテン語のような普遍語になりつつある」という指摘は、
目から鱗だった。
そうか、英語は現代のラテン語なのか。
いままで、英語というものを読んだり書いたり話したりしなくては
(研究者としては)やっていけないということに関して、
苦々しくやや屈辱的な気持ちがあったが、
昔の人々にとってのラテン語である、という指摘で、
その負の感情はすとんと落ちた気がした。
ラテン語ならば仕方がない、と思える。

それにしても本当に、日本語は亡びるだろうか?
それは、あり得そうな気がする。
実際、現在見るべき日本語でなされた知的生産物は少ない。

本だけでなく、新聞、テレビなどを通じて日本語で伝えられる言説に
現在の人類が生み出し得るもっとも高い水準の知的な営為を
感じられることは少ない。
本屋の店頭には「またこの著者は本を出したのか」と
本屋に入るたび思うほどに、
決まった著者の本が平積みになっていたりする。
それも内容は前著の希釈か反復であることが往々にして。

実はこの本はネット上でも物議を醸していることを
いまさらながらに知る。

梅田望夫さんがこの本のことをブログ上で絶賛して、
数百のハテブが付き、コメントが付いた。
しかしそのコメントの質の低さを梅田さんがtwitterで漏らしたら、
それに対する反発でtwitterが炎上して
さらに注目を集め、amazonではこの本が一時品薄になったらしい。

ネットをサーフして、適当に"典型的"と思われる反応を
ザップしてみたのだけど、
日本語で発言したり日本語で情報を収集したりする気を
大幅に削ぐものばかりだった。

日本語は亡ぶだろうか?
100年後にタイ語やリトアニア語のような完全にローカルな言語に
なっているということはあると思う。
でも、日本語を話す人がいなくなるということはないと思う。

でも、200年、300年経ったときはわからない。
極度の愛国主義者たちが片言の日本語で会話するのが関の山で
人々の日常会話は英語になっているかもしれない。

install R in CentOS 5.2

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こんどはCentOS 5.2に統計ソフトRをインストールしたときの話。

yumはすでに入っているとする。

http://cran.md.tsukuba.ac.jp/bin/linux/redhat/

まずはRをとってくる。

# wget http://cran.md.tsukuba.ac.jp/bin/linux/redhat/el5/x86_64/R-2.8.0-1.rh5.x86_64.rpm

そして、とりあえずrpmしてみる。

# rpm -ivh R-2.8.0-1.rh5.x86_64.rpm

そうすると依存性の問題がいろいろ表示されるはず。
自分の場合は以下のように。

error: Failed dependencies:
cups is needed by R-2.8.0-1.rh5.x86_64
libXmu.so.6()(64bit) is needed by R-2.8.0-1.rh5.x86_64
libgfortran.so.1()(64bit) is needed by R-2.8.0-1.rh5.x86_64
libtk8.4.so()(64bit) is needed by R-2.8.0-1.rh5.x86_64

上記4つをひとつづつ解決していく。

# yum install cups

で、cupsとやらはOK。
次はlibXmu.so.6というやつ。

# yum install libXmu.x86_64

とやればOKだった。
次、libgfortran.so.1

# yum install libgfortran.x86_64

で、できました。
次、libtk8.4.so。

# yum install tk-8.4.13-5.el5_1.1.x86_64.rpm

で、できた。

これでできるかな?と思って、先ほどwgetしてきたRのrpmファイルをyumしてみた。

# yum install R-2.8.0-1.rh5.x86_64.rpm

そうしたらGPGキーに関するエラーで。

warning: rpmts_HdrFromFdno: Header V3 DSA signature: NOKEY, key ID 99b62126 Public key for R-2.8.0-1.rh5.x86_64.rpm is not installed

GPGキーのことはよくわからないので、rpmをする。

# rpm -ivh R-2.8.0-1.rh5.x86_64.rpm

こうしたらインストールできたみたい。

「R」と打ったら見事Rが起動した。



install yum in CentOS 5.2

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CentOS 5.2では、インストールしただけではyumが使えないのかもしれない。
yumをインストールする手順を書きます。

環境は以下。
OS: CentOS release 5.2
CPU: x86_64

まず、yumをインストールするためのrpmパッケージを探す。
www.centos.org - centos.org content
この中からJAPANの配信元を探す。
Japan A.T. WORKS, Inc.
Japan Internet Initiative Japan Inc.
Japan JAIST
Japan KDDI R&D Laboratories Inc.
が、ある。
で、「5.2」で「updates」で「x86_64」で「RPMS」とリンクを辿る。
わからなければここ。
http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5.2/updates/x86_64/RPMS/

そのなかから、「yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch.rpm」のリンクを探す。

そのアドレスを入力してwgetして、rpmでインストールする。

# wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5.2/updates/x86_64/RPMS/yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch.rpm
# rpm -ivh yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch.rpm

ところが、たぶんそれだとうまくいかない。
wgetでファイルの取得はできるだろうけど、rpmは依存性の問題がいろいろ出てくる。

具体的には、次のようになった。

# rpm -ivh yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch.rpm
warning: yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch.rpm: Header V3 DSA signature: NOKEY, key ID e8562897
error: Failed dependencies:
python-elementtree is needed by yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch
python-iniparse is needed by yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch
python-sqlite is needed by yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch
urlgrabber >= 3.1.0 is needed by yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch
yum-fastestmirror is needed by yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch

というわけで、yumをrpmする前にこれらの依存性を解決しなければならない。
詳しく書くのはめんどくさいので、実行して成功したコマンドだけ。
ひとつひとつgoogleで検索しながらやった。

wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5/os/x86_64/CentOS/python-elementtree-1.2.6-5.x86_64.rpm rpm -ivh python-elementtree-1.2.6-5.x86_64.rpm

wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5/os/x86_64/CentOS/python-iniparse-0.2.3-4.el5.noarch.rpm
rpm -ivh python-iniparse-0.2.3-4.el5.noarch.rpm

wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5/os/x86_64/CentOS/python-sqlite-1.1.7-1.2.1.x86_64.rpm
rpm -ivh python-sqlite-1.1.7-1.2.1.x86_64.rpm

wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5/os/x86_64/CentOS/python-urlgrabber-3.1.0-2.noarch.rpm
wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5/os/x86_64/CentOS/m2crypto-0.16-6.el5.2.x86_64.rpm
rpm -ivh m2crypto-0.16-6.el5.2.x86_64.rpm
rpm -ivh python-urlgrabber-3.1.0-2.noarch.rpm

wget http://ftp2.riken.jp/Linux/centos/5/os/x86_64/CentOS/yum-metadata-parser-1.1.2-2.el5.x86_64.rpm
rpm -ivh yum-metadata-parser-1.1.2-2.el5.x86_64.rpm

ここまでやればyumをインストールできる。

# rpm -ivh yum-3.2.8-9.el5.centos.2.1.noarch.rpm

yumが入ったら、早速yumでyum-fastestmirrorをインストールしてみる。

# yum install yum-fastestmirror

すでにインストールされてるよ!とかでるかもしれないけど、
とりあえずyumが動くことを確認できる。


# yum update

とやって、yumを更新すると、ずらずらずらっといろいろ更新される。




install Octave in CentOS 5.2

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カテゴリ:

レンタルサーバ(root権付き)にsshで接続して、Octaveをインストールした。
わりと苦労したのでここに記す。

サーバーの環境は以下。
My Environment:
- OS: CentOS release 5.2
- CPU: x86_64


1. Extend "yum" before install octave


If you extend your "yum", you can intstall octave without manual compile. What you should do is to add Fedora EPEL repository and RPMforge repository to your system.

yumでoctaveをインストールするために、
Fedora EPELリポジトリとRPMforgeリポジトリを追加します。
両方必要かどうかはわからないけど、RPMforgeだけでは無理だった。

:::Fedora EPEL reposiroty
# wget http://download.fedora.redhat.com/pub/epel/5/x86_64/epel-release-5-2.noarch.rpm
# rpm -ivh epel-release-5-2.noarch.rpm
:::RPMforge repository
# wget http://dag.wieers.com/rpm/packages/rpmforge-release/rpmforge-release-0.3.6-1.el5.rf.x86_64.rpm
# rpm -ivh rpmforge-release-0.3.6-1.el5.rf.x86_64.rpm

Reference:
- Linux/CentOS yumの設定 - PukiWiki Plus!
- CentOS 5 インストール個人的ノート


2. Resolve dependencies before install octave

Next, install compilers which are necessary for install octave.
Please "yum" these.

Octaveをインストールするのに必要なコンパイラ群をインストールします。
yum install gcc
yum install gcc-c++
yum install gcc-gfortran

And other necesary packages.
ほかに必要なパッケージもyumします。
yum install readline
yum install gnuplot
yum install blas
yum install lapack

Reference:
- GNU Octave 2.9のコンパイルとインストール(Linux)


3. Resolve direct dependencies for octave

Third, resolve direct dependencies for octave.
今度はoctaveと直接依存性のあるファイルをyumでインストールします。

yum install fftw3.x86_64
yum install glpk.x86_64
yum install qhull.x86_64
yum install suitesparse.x86_64


4. Install Octave

Finally, install Octave by yum.
最後に、yumでOctaveをインストールします。

yum install octave.x86_64


The dependency problem of lacking hdf5 will be solved automatically.
(hdf5 version 1.6.7 will be installed though current latest version is 1.8.1)


PostScript

Octaveをインストールする前にhdf5もyumでインストールしたのだが、
そうすると

Error: Missing Dependency: libhdf5.so.0()(64bit) is needed by package octave


というエラーがでた。
そこでこのhdf5をアンインストールして(yum remove hdf5)、
yum install octave.x86_64としてみたら、
hdf5の依存性は自動的に解決してくれた。
どうもhdf5のバージョンによってoctaveがうまくインストールできるときと
できないときがあるようだった。

First, I installed hdf5 before install octave.
But when I install octave, an error below was appeared.
"Error: Missing Dependency: libhdf5.so.0()(64bit) is needed by package octave"
So I delete hdf5(yum remove hdf5) and tried again to do "yum install octave".
Then I succeeded to install octave.
I wonder there is suitable version of hdf5 for octave.
It's not the latest version.

The supervisor said: too long

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先日、指導教官の人がしょせいくんの髪の毛を指して

「おまえ、これはちょっと切った方がいいんじゃないか」

とのたまったので、早速今日、しょせいくんは髪を切りました。

しょせいくんは余程、そのことをその人に指摘されたことが
衝撃だったらしい。

その指導教官の人は常々、

「ケンブリッジではびしっとスーツを着ているひとよりも、
 穴の開いたセーターを着ている人のほうが、
 "この人は偉い学者に違いない"と思われる」

という話をしていて、
実際その指導教官のひともしょせいくんの思うところの
"偉い学者"であり、
しわだらけのシャツやよれよれのジャケットを
着ていたりする。

なのでしょせいくんは

「この指導教官の人は身なりを気にしない偉いひとなのだ」

と思っていた。

頭髪に関してもその指導教官のひとはもじゃもじゃの髪の毛をしていて、
ただでさえ大きな頭がさらにでかく見える。

その上、床屋に行くのが嫌いだという理由から、
髪の毛は自分で切るのだと言って憚らない。
だから一時、左右と後ろに垂れる毛先が一直線に並んでいて、
さながらヘルメットをかぶっているような髪型になっていたことがある。

そんな指導教官の人を間近で見ながら、
しょせいくんはその人の無頓着ぶりに畏敬の念を抱いていた。

しょせいくんは三島由紀夫ほどではないにしろ、
ナルシシズムが旺盛な方で、
どうしても自分がどのような姿形振る舞いをしていて、
それを他者はどのように見ているかが気になって仕方がなく、
かっこいいいと思われていなければ嫌だし、
かっこいい自分が好きであった。
だからズボンにシャツの裾を入れるようなダサいファッションは嫌だし、
床屋で判の押したような整いすぎた髪型にするのも嫌だった。

自分が納得できる服を着なければ外出したくないし、
そういう服は値が張るので枚数を持つことができず、
一週間のうち半分を同じ服で過ごすことも珍しくなかった。

しかし、そういう自分を恥ずかしいとも思っていた。
他者の目を気にするあまり、
行動の基準が自分本位ではなく、
人の目にがんじがらめにされたものになってしまう。
そうして人の顔色を疑うようなその行動様式をとる自分は
決してかっこいいとは思えないのであった。

そのような過剰すぎる自意識を抱えるしょせいくんにとって、
もじゃもじゃだろうがよれよれだろうが、
おなかがでっぱってようが、
そんなことお構いなしに振る舞うその指導巨漢教官の人がうらやましかった。

そんなしょせいくんも、その指導教官の人のガクセイを初めて
あと数ヶ月で3年が経とうとしている。
その間にしょせいくんの他者の目でガチガチだった自意識もほぐれてきた。

26歳というまだ若いけれど、
中学生からみたら完全に大人の部類に入る年齢に達し、
若干、お腹の周りに贅肉がついてきた。
ぴっちりしたシャツを着るとちょっとむっちり。

昔のしょせいくんであればそんなむっちりしたお腹を晒して
街を歩くなど耐え難い苦痛であったはずである。
しかし、どうもそれが気にならなくなってきた。
どうも心境としては「早く枯れたい」という風に変わってきた。
詫び寂びの境地に踏み入れつつある。

そのような経緯で、
髪の毛がぼさぼさであろうが、
ヒゲが無精であろうが、
頓着しないようになっていた。

自分も指導巨漢教官の人のような境地に達しつつあるのではないか。
そうときどきほくそ笑むのであった。

そんな折りに、冒頭の言葉である。

自分の変化に満足していたしょせいくんは、
雷鳴が轟いて一斉に飛び去った鳩の群れに
糞の雨を落とされたようなショックを受けたのだった。

そこでハタと気付いた。
指導教官の人は、確かにもじゃもじゃではあるが、
ボサボサではないのである。
ヒゲも毎日ちゃんと剃っているのである。

なんてことであろう!
自分では融通無碍の境地に達したのだと思っていたが、
実際には単に精神が緩んでいただけだったのだ!

しょせいくんは戒めを込めて、
しとしとと雨の降る寒い荏原中延の商店街を
傘も差さずに歩くのだった。


* * *


以上、短編創作小説でした。
上記の作品はフィクションであり、
実在の人物・団体・事件とは関係ありません。

「指導巨漢」というのはわざとやったんではなくて、
タイプミスを変換したらそれがでてきて、
面白いので取消線扱いにしてみました。

上記の短編中の指導教官の人は巨漢というほどではないことを
申し添えておく。

* * *

まあともかく髪の毛切りました。
かなり短くなりました。

自分が一定の髪型を維持しようとせず、
伸びるまで放置したり、それをばっさり切ったりするのは、
セルフイメージを固定したくないのだと思う。

自分という入れ物は常に不定型であってほしい。

「何者かになりたい」という気持ちと
「生半可な何かにはなりたくない」という気持ちがせめぎ合って、
一定の形らしきものができてはまた崩れていくという
ダイナミズムを繰り返していたい。

The reason for becoming happy

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なんだかふと、どこかで聞きかじった

幸せな家庭は似たようなものだ、しかし不幸な家庭の不幸は様々である

という言葉が頭をよぎった。
トルストイが「アンナ・カレーニナ」の中で書いた言葉だそうだ。

先月の25日に、
NPO法人かものはしプロジェクトをやってる友達の青木健太の結婚式があって、
その2次会にお呼ばれして行ってきた。

物心がつくかつかないかの子供の頃に、
叔母さんの結婚式に出たことがあるだけで、
結婚式や二次会というものにでたことがなくて、
友達の結婚式二次会というものに行くのは初めてだった。

それがはじめてであるので、比較対照のしようがないが、
控え目にいってもすばらしい会だった。
規模もたぶん大きい部類に入るのではなかろうか。それもだいぶ。

最初にびっくりしたのが、ぴあに模した二次会のパンフレット。
尋常ではない凝り方だった。
そして余興。
余興の詳細は他のひとが書いてるので割愛。

たぶん普通はもっと無難な趣向をとるのだと思うのだけど、
実にユニークな余興たちだった。
あれは新郎新婦のことを余程大切に思っていないと考えつかないし、
それを実行しようとも思わないだろう。
しかも、新郎がだいぶその余興の準備に携わっていたこともわかる。
すべては新郎と花嫁のために。
そして新郎はそれをすべて花嫁のために捧げて。

二次会に集まった人々で醸された場の雰囲気は
きっと青木健太という人間が26年間生きてきて描いたトラジェクトリの
美しさそのものなのだろうなぁと思った。

料理は揚げたてトンカツのカツサンドがおいしかった。
それから花嫁さんがチョイスしたというワインがとてもおいしくて
ガブガブ飲んだ。

場を仕切っていたのが自分の知らない人たちだったので、
一歩引いた立ち位置から遠巻きに二次会の様子を眺めていた。
心の中では盛大に新郎新婦とその場に祝杯をあげて。

そのときもやはり、先のトルストイの言葉が浮かんだ。
そうして、
「そうか、結婚するということは世間で言われているように、
確かに幸せなことであるのだな」
と思えた。

他人がそれをそう思うことはあり得ても、
自分がそれをそう思う時が来るとは思わなかった。

3ヶ月早かったらあの光景をそういう気分で
眺めたりはできなかったろうなと思う。

自分も「結婚」という理由で「幸せ」な状態になるのだと知ったので
ああ、自分も他の人と同じだったんだと、
そのトルストイの言葉が浮かんだのだと思う。

8 years: an America's new president

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オバマが選挙に勝った。

これはすごいことだ。

世界は変わったのだと思う。

アメリカでは、黒人が大統領になるのは、
原理的には可能だが、
現実的には不可能。
そういう話を新聞の記事だか、
テレビのコメンテーターだかで、
8年前の大統領選挙の時に聞いた。


2000年アメリカ合衆国大統領選挙 - Wikipedia

その頃は、オレは世界に対してナイーブで、
そういう露骨な人種の壁があるのだということに、
大きな衝撃を受けた。

いまはあの頃のナイーブさは拭い去って、
「現実はそのようなこともあるのだ」と
受け入れている。
そんな今の自分であるから、
オバマが大統領になったということは
再び大きな衝撃だった。

8年間で、世界は変わったのだ。

それもいい方向に。
断言する。
それは良い方向に変わったのだ。

メディアでは、
「オバマが当選したのはよし。
 でも、アメリカは未曾有の大問題が山積みだよ?」
という人がいる。

でもそれは大したことではない。

多くの人が「未来は良くなる」という希望を抱いていると思う。
いまこの時代に、「希望が持てる」ことほど、
貴重なことはない。

* * *

オバマさんのおっきな写真が見れます。
The next President of the United States - The Big Picture - Boston.com

オバマさんの勝利スピーチ:
Barack Obama's Victory Speech - Election Results 2008 - The New York Times

* * *

勝利スピーチがかっこよすぎる。

この人が、無事に任期を全うできますように。
暗殺とかされず。

それにしても、アメリカの大統領選挙って、
ほんとう、お祭りだな。

日本語では政治のことを政(まつりごと)というけれど、
政治は、その国の人すべてが関わるんだから、
お祭りみたいにみんなでわいわいやるのは、
間違っていないのかもしれない。

Octave: file open, read and close

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オクターブの使い方であやふやなままにしているのが、
ファイルをオープンしてその中のデータを
ベクトル、あるいは行列として格納しなおすあたり。

このページを読んだら勉強になった。
Octaveでfileを利用する話

やはりOctaveは文字列の処理があまり得意ではないので、
文字列と数値が混在するファイルだと、
読み込みのスクリプトは煩雑になる。

Perlなどのテキスト処理が容易な言語で、
読み込みたいデータをいったん前処理してから
Octaveに渡すのがいいと思う。

Octave本家のヘルプ:
GNU Octave: 16.2 Cスタイルの入出力関数


* * *
過去の日記より

2007/10/21 日曜日 メモ octave
2007/10/21 日曜日 メモ octaveに関するもの

Belgian Beer

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慌ただしく数日が過ぎていった。

木曜はバイトで、その前の時間と金曜日は後輩と一緒にプログラム。
金曜の夜に実家に行って、ハハ用の新しいPCの立ち上げ作業をして、
土曜日の昼はボーイスカウトの会議。
その日の夕方からゼミが渋谷であって、
ゼミの後、ニュー信州というたまたま見つけた居酒屋でだいぶ飲んだ。
http://www.netlaputa.ne.jp/~help/119/119.html

今日は銀座にお買い物に行った後に、
六本木の国立新美術館とサントリー美術館をはしごして、
ピカソを見た。
http://www.nact.jp/exhibition_special/2008/PICASSO/index.html
http://www.asahi.com/picasso/

* * *

ハハにウェブブラウザのホーム画面は何がいいか?と聞いたら
「グーグル!」という答えが返ってきたので驚いた。
てっきりヤフーの方がいいと言うと思っていた。

なんでグーグルの方がいいの?、と聞いたらさらに驚いた。
「グーグルの検索結果の方がおもしろいのがいっぱいでてくるから」
だって。

マイマザーの口からこんな言葉を聞くことができるなんて!
右クリックとダブルクリックが
うまくできなかったこともあったというのに。
グーグルとヤフーの違いがわかるなんて、
なかなかのものですよ、マイマザー。

これまでハハにあてがったPCはどうせあまり使わないからと、
誰かのお下がりとか中古のPCだとか、
できるだけお金をかけずとりあえず動くやつだったのだけど、
やはりそれだと寿命が短くて結局別なのを買わないといけなくなるので、
(安物買いの銭失い)
今回はもし自分が使うことになっても文句を言わない程度のスペックにした。
それで正解だったであろう。

* * *

土曜のゼミは普段のゼミとは趣向を変えて、
今考えていることをA4一枚の紙にまとめて持ち時間10分で話す、
というもの。
去年は新年度早々に、神田の竹むらでやった。
今回は渋谷の喫茶店Cafe Miyamaの貸会議室。
http://www.ginza-renoir.co.jp/miyama/

このゼミの開催告知が二日前だったのと、土曜日なのとで
出席率はすこし低かったのは残念だったけれど、
密度の濃い時間だった。

腰を痛めていてしかも風邪をひいて
這々の体の関根さんが、やってくれた。
どんな話をするのかと思えば、
命題には分析的命題と総合的命題という分け方と、
アプリオリな命題とポステリオリな命題という分け方があって、
ほぼ同じような分け方なんだけど、
僕はいま総合的かつアプリオリな問題があるかということに関心があって・・・
となにやらすごいことをいいだす。

イギリス経験主義の伝統はクオリアというものを
消し去ってしまったのですけれども、
その経験主義の立場からすると、
分析/総合の境界とアプリオリ/ポステリオリの境界は一致しているわけです。
一方でカントに代表されるドイツ観念論の伝統からすると、
その境界は一致してはいないわけです。
それで境界は一致するのかしないのかというのが、
境界の問題として知られているわけですけども・・・

という話を関根さんがした。
なんだか連続体仮説みたいだなと思ったが、
その境界が一致するのかどうかということは、
皆目わからなかった。

それでもそんなとてつもないことを考えていたのか、と
度肝を抜かれた。
さすがは現代思想に原稿を執筆した御仁である。
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/08/post_ca34.html

その後の飲み会の席でもグレンジャーコーザリティーの方向性と
オンゾウの消費と所得の関係がどうの、
という話に始まって、
リベットの実験にしたって、あれはなんだよ、
大学入試前後の高校生の学力の推移と、
大学入試試験ていうイベントの発生のグラフとしてだって見えるじゃないかと、
ヘルニアで腰が痛くてへろへろそうなのにも関わらず、
威勢良く自説を披露していた。

最近弱気になっているようだが、
この人はきっと大丈夫だろうと思った。
日本の大事な論客の一人になるに違いない。

* * *

ピカソ展は昔から気になっていたピカソの青の時代の作品を目当てに。
国立新美術館とサントリー美術館の二つの美術館にまたがって
展示がされていて、目当ての作品はサントリー美術館のほうにあった。

ピカソの青の時代を代表する作品の一つである「肖像画」。

いつだったか、昔、この絵をテレビか何かで初めて見てから
ずっと魅せられていた。

鬱屈とした雰囲気がたちこめる。
表情も立ち姿も、目つきも姿勢も、色も。
それはたぶん共感と呼ぶのがいいのだと思う。

これはオレだと思った。
帰りにこの絵の絵はがきを買ってきて、
絵の上の余白に「↓オレ」と書き込んで飾ることにした。

数年前の東京都美術館のピカソ展でピカソのことは知っている気になっていたけど、
今回の展示でピカソの最晩年の作品をみて、
まだ自分の知らないピカソがあった!という発見があった。
知っているというのは浅い意味で、
単にある画風の絵を見たことがあるというだけのこと。

最晩年の作品はキュビズムの進化形にも見えるが、
でも本質的なところで違う画風になっている気がした。
キュビズムやピカソの作品の多くはごつごつとした印象を受けるけれど、
最晩年の作品は曲線が"垂れて"いた。
よりポップな方向にいっていて、
自由闊達、融通無碍な印象を受けた。
表現として"枯れた"感じ。
枯れたというのは詫び寂びの意味で。

サントリー美術館の最後の展示作品は
最晩年の自画像だった。
(いや、タイトルは若い画家というものだったが)
それが本当に、いい絵だと思った。
ポップであり、枯れていて、鮮烈だった。

この絵の中の人は自分ではない。
自分はこうはなれていない。と思った。

本当に乱暴で自己流の解釈だけど、
ピカソは「青の時代」で答案用紙を完璧に埋めてしまったのだと思う。
その頃に描いた絵は完成している。

だから、それ以降のピカソは答案用紙を提出するまでの余った時間で
徹底的に遊んでいたのだと思う。
遊びといってもそれはお気楽なものではなくて、
全身全霊を賭けていたと思う。

キュビズムはやはり過渡的な画風だと思う。
ピカソは十分長生きをしたとは思うが、
もう少し先の絵を見てみたかったな、と思った。

* * *

美術館からの帰り道で、
一服のつもりで寄ったお店で
ベルギービールを飲んだ。

ら、ホワイトビールがびっくりするほどおいしかった。

またいきたい。

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