The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0110115

料理をするようになったこと

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少し前から、料理をするようになった。

「毎日料理なんて到底無理!」って思ってたけど、
でももしかしたらできるかもしれないし、
やらなきゃ無理かどうかもわからないということで
決死の覚悟でやり始めてみたら、なんとかなって、
全体の半分ぐらいは食事作ってる。

全員が夕方に家に帰ってきて、
上の子は学校の宿題をやらないといけないし、
下の子は甘えたりなくて母親に甘えてよくぐずる。

そういうときに、母親が夕飯の支度に時間を取られて
子供に接する時間がとれないと、
子供の心はきっと荒んでいくし、
それが家族の崩壊につながっていくのではないかという
危機感があって、その時間に母親は子供と過ごしてもらうために、
自分が夕飯の支度をすることにした。

実は、料理っていうのは、食材を切ったり焼いたり煮たりという
狭い意味の「料理」では完結しない。
料理は、食材を調達すること、献立を考えること、後片付けをすることも
含めなければ料理は完結しない。

食材を切ったり煮たり焼いたりだけを切り取ってみれば
そこまで大変ではないけど、
1週間のスパンで限られた買い物時間と冷蔵庫の収納量のなかで
食材をやりくりして、食事を作っていくためのあらゆる行為となると
それはそれは大変な作業だ。

そういうのをいっさいがっさい、妻に押し付けていたんだと
思うとほんと、申し訳なかったなと思う。

夫と妻の家庭内での役割を考えたとき、
そこに収入の圧倒的な差があれば、
家事をすることが免除される理由にはなるのだろうけれど、
いかんせん、そこに差はないので、
(ないというか、自分のほうが・・・・・ごにょごにょ)
そうなると自分が家事をしなくていい正当性を
何も有していないことになる。

そういうことが徐々に徐々にわかってきて、
頭でもわかっている段階から、腹でもわかる段階になってきて、
自分はもっと家事をしなくてはいけないという風に変わっていった。

まずは洗濯物を干すのを自分の仕事にして、
それから食器洗いを追加して、
それから週に一度の掃除機がけや食材の買い出しを
手伝うようになった。

そうやって家事を前よりはやるようになって、
さらに家事の負担を肩代わりするには何をすればいいかと
考えたら、食事を作ることに参画することだった。

そこまでやってやっと、家事・育児負担が、半分いくかいかないか
ぐらいまで来たかなと思う。

家事負担をそこまで増やして、ようやっと、
いくらか自分で時間をコントロールできるようになった。
いままでは、家事をあまりしていないことが後ろめたくて、
自分のことをしようと思ってもできなかったのだけど、
食事を作って、食べさせて食器洗いまですれば、
自分のその日の役割は果たしたと思えるので、
子供が寝た後でまた仕事をしに戻ったりすることに
罪悪感を感じないでできるようになった。

実際は、それをやろうとしても体力が持たなくて毎日はできないのだけど、
自分でコントロールできる変数を手に入れたのは
よいことだった。

そんなこんなで2月が終わる。
なんだかんだでいまの仕事は7年経って目新しいことはない。
子供の成長は眩しいけれど、
でも幼稚園の行事も3周目、4周目なので日常生活の方もマンネリ気味。
しばらくはそんな感じなのかな。

10年経つ頃には、きっと変わってるかな。
2020年のオレは、東京オリンピックをどんな風に眺めているのだろうか?

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