The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

YouTube: 2008年アーカイブ

Urchin Rice Cookie

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指導教官の人をみていると
「忙しい」と言うのはとても憚られる。
自分より100倍は処理効率がある人が
自分の100倍の生産性を発揮しているのだがら、
コマッタものだ。

あるいはこれが年末進行というのかしら。

周りのみんながせっせと実験データの解析をしたり、
論文を読みながらアンダーラインを入れたりしているのを
見ていると、
ホテルの予約をしたり、宴会の準備の段取りをしたり、
案内のメールを出したりしている自分が
ものすごい勢いで取り残されていくような気がする。

人のやる気を削ぐことにかけては
ピカイチの人がいたりもして、
それはともかくウニせんべいがうますぎる。

この動画が面白い。

こういう映像がとれるカシオのEX-F1というカメラが欲しいな。


Sakurada St.

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CSLで後輩に付きっきりで実験の解析プログラムを書く。
言語はPerl。

一年前の今頃を思い出した。
今はSfNの直前期で、一年前の今頃もそれは変わらない。
去年は口頭発表が控えていたので常に焦っていたけれど、
今年は発表はおろか、SfNに参加すらしないので、心穏やかだ。

そのころもやはり13人分の被験者データを、
Perlを使って解析していたのだった。
ひとり1ファイルの形式でデータを保存していて、
中身はカンマ区切りのいわゆるCSVファイル。
まずはひとりの被験者の全トライアル平均をだして、
それをつかって全被験者の平均を出すとか、
全被験者から一部のデータを抜き出してくるということを
やっていた。

その頃はいまほどPerlを扱えるわけではなかったが、
Excelでやってたんじゃ日が暮れるってんで、
強力なテキスト処理機能があり自分も少しは書けるPerlで書いていた。
その時にPerlをがんばって書いていたおかげで、
今のPerlスキルがある。

でも、Perlでやるのも限度がある!ということに気づき初めて、
藁にもすがる思いで手をつけたのがOctaveで、
知らない言語体系ながらも
やけくそでスクリプトを書き連ね、
次第に行列計算による解析の効率の良さがわかってきた。

Perlだと配列の要素同士を足し合わせるのに
for文を使わなければならないけれど、
Octaveだと、
ベクトルとして保持したデータを単純な記号で足し算できる。

例えばある被験者の50トライアル分の反応時間をx1、
別の被験者のをx2とすると、

x1.+x2

と書けば、x1とx2の対応する要素同士の足し算ができる。
+の前にピリオドがあるのがポイントで、
「.+」と「+」では意味が異なる。


違いがわかりやすい例はかけ算で、
行列m1とm2があるとして、

m1*m2

m1.*m2

だと結果が全然違う。

上の例だと"行列の"かけ算がおこなわれる。
m1の第 n 行とm2の第 n 列のかけ算になる。

下の例だと、m1とm2の[i, k]要素のかけ算になる。

ともかく、いままで for 分を使わなければできなかった処理が、
一行で済むようになったのは楽だった。

さらに、
mean( x1 )とかvar( x1 )とかやれば平均や分散を計算してくれたり、
t_test(x1, x2)とやればT検定をしてくれたりと、
数理科学用のソフトの強みでいろいろな数学的処理の関数を
持っているのでそういう部分のアルゴリズムを
自分で実装する手間が省けた。

行きの飛行機の中で泣きそうになりながらoctaveを
パチパチたたいていたのを思い出す。

あの時のノウハウを、この後輩に教えるのだ!
という使命感を感じる今日この頃。

* * *

CSLを辞した後、御成門で研究会。

今回はアルコール依存症の話だった。
アルコール依存症の患者は自分がアルコール依存症であるということを
否認するのだそうだ。
だから、治療する側にとっては
薬物中毒患者の方がかわいくみえるというコメントを述べる人がいた。
アルコール依存症の患者は自分は依存症ではないと言い張って、
まったく治療にならないのだという。

アルコール依存症の治療法には決定的な治療法がないらしく、
基本的には認知的な療法しかないという。

アルコール依存症は医者ではなく患者がその治療法を見つけた
珍しい病気でもある。
アメリカにはAlcoholic Anonymousという団体があって、
そこでアルコール依存症の人同士が、
自分の経験などを語りあうことで、
断酒を継続するのだという。

Alcoholic Anonymous
http://www.aa.org/?Media=PlayFlash

それが、現在の一番の治療法なのだという。

日本にも禁酒・断酒をするための団体が日本各地にあるらしい。

日本断酒連盟
http://www.dansyu-renmei.or.jp/zendanren/rekishi_1.html

そういう「語り合い」みたいなものが、
単なる慰めではなく、治療として認知されることもあるのだ、
ということが目から鱗のお話だった。

昔見た、ファイトクラブという映画を思い出した。

この映画では、眠れない主人公が、
ガン患者の会とか睾丸腫瘍の会とか、
いろいろな重篤そうな病気の持ち主が集まって
自分の思いを語る会に、夜な夜な出向いては、
そこで安息を得るというシーンがあるんだけど、
禁酒会というのもそういうものなのかもしれない。

* * *

御成門まで行くのもまた自転車を使った。

夜の東京タワーは美しく、隔世の感がある。
赤い光と白い光が上品に浮かび上がっていた。

桜田通り(国道1号)をひた走りながら、
夜風はもう冬の気配を隠せないでいるのを感じた。

Route 246 at night

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引っ越しの作業に追われている。
こないだ故障してJAFを呼んだ軽トラはまだ調布市緑が丘の三菱に
入院中なので、
ふたたび実家に帰って今度はミニバンに乗って菊名に来た。
このミニバンは実家に帰るといつものっているやつで、
故障の心配はない。
だけど、やっぱり怖いので座席を開けてエンジンは見た。
ファンベルトは大丈夫。

それで菊名に行く前に、越谷警察署へ。
免許の更新をした。
優良運転者になった。いわゆるゴールド免許とかいうあれ。

30分の講習をうけた。
ビデオがよくできていた。
交通事故コエーと素直に思った。

交通法規というのは厄介だが、
警察のひとたちは本当に真剣に交通事故をなくそうとしているのかもしれない。
そう信じてもいいと思った。

* * *

今日は冷蔵庫を運んだ。
重くて難儀した。
背骨をへし折るような感じで抱きかかえてみたり、
底面をもって腰のあたりまで持ち上げてみたりしたけど、
最適な持ち方は発見できず。

部屋から車の前まで運ぶのも大変だったが、
車に乗せるのも一苦労だった。
ギリギリ乗る大きさなのだが、
ドアの部分は狭くなっているので傾けないと入らない。
なかなかうまく傾いてくれない。

ゼエハアゼエハア

* * *

昨日は雨だったけど、今日は快晴で、
車を走らせるのは気持ちよかった。
青い空の下を風とすれ違い続けた。

綱島街道を右に曲がり、
ガソリンを入れた。
鶴見川を渡り、川沿いを走った。
尻手駅の高架下をくぐり、第二京浜(国道1号)を快走。
やはり青い空がお供で。

* * *

新居に荷物をなんとか降ろし終わった後、
バイトへ。
渋谷まで再びドライブ。
国道一号を北上し、途中で山手通りに乗り換える。
目黒、恵比寿と過ぎて、
国道246に乗り換える。
圧倒的な台数の車が走っているけれども、
速度は速い。

246号は渋谷の道玄坂に出る。
そこからが大変だった。
超過密交通と一方通行の嵐の中、
コインパーキングを探す。

あるにはあるのだが、どれもこれも高い。
30分、200円て!
1時間400円か!時給の20%じゃないかっ!

ここも高い、ここも高い・・・と、コインパーキングを見つけては
後にしてを繰り返して、
やっと渋谷のリアルってやつを知ることになる。

この街では30分200円が最安だ。
25分200円とか10分250円とかでてくる。

結局、30分200円のところに留めました。
4時間のバイトのあとの料金は1800円だった。
南無三。

* * *

積み込みをして、運転をいて、積み卸しをして、
運転をして、バイトをしてで、
結構疲れていたんだけど、がんばって実家まで帰る。

明治通り(国道246)を北上。
原宿、代々木、新宿、馬場、池袋と通過して、122号に変わる。
ここら辺の道は勝手を知った道なのである。

夜なので交通量が昼間の3分の1ぐらいで、スイスイと進む。
夜の東京を走ると、如何に東京の道路が広いかがわかる。
昼間は車が大量にあるので道路は窮屈そうに見えるけれども、
実際、車の台数が減ると、わかる。
片側2車線、3車線なんてあたりまえだし、
立体交差もばんばんある。

道路を作っている人たちはがんばっているのだ。
あれだけ台数が多くて複雑な道だけれど、
様々な標識がきちんとアフォーダンスを感じさせる。

いや、ほんと、道路というのは大変な複雑さをもっている。

* * *

家に帰ると、妹が晩ご飯を作ってくれた。
なんて、なんていい妹なんだ。
泣ける。

マイシスターはいい子ですよ!
彼氏募集中ですよ!
今ならもれなくオレのことをお義兄さんと呼べますよ!
(↑義兄のうえに"にい"のルビ)

兄は25歳でニートに限りなく近い学生をやっているけど、
妹は立派な社会人でおわします。

ぶわっ。
泣ける。

「どうせおいらはやくざな兄貴
 わかっちゃいるんだ妹よ
 いつかおまえの喜ぶような
 偉い兄貴になりたくて
 奮闘努力の甲斐もなく
 今日も涙の
 今日も涙の
 日が落ちる
 日が落ちる」

寅さんのテーマを思い出してしまった。

梨がうまい。
シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク

秋である。

Taxonomy of Sociality

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学会3日目の午前は宿でゆっくり過ごし、
午後から参戦。
午後は「衝動性と神経科学」のワークショップ。
夕方は「社会性の定義を巡って」のワークショップ。

「社会性の定義を巡って」では茂木さんが
指定討論者のひとりとして話をした。



話を聞きながら、さすがだなと思う。
いつも思うのだけど
茂木さんの話には不思議なattractivenessがある。

今回も社会性を扱う上での重要概念として
コンティンジェンシーが出てきた。
しかし、コンティンジェンシーが大事だ、ということの
意味がやはりよくわからない。

これまでに茂木さんの口から何度も
contingencyという単語を聞いているし、
contingencyの意味もわかっているんだけど、
どういう関係性が社会性とcontingencyにはあって、
それが重要なのかがよくわからない。
動画の音声を参考にコンティンジェンシーに関する部分を
ピックアップしてみる。

ミラーシステムはコンティンジェンシーを表現しているのではないか
コンティンジェンシーという関係性における非常に重要な概念が自閉症には欠けているのかもしれない
学習の途中でコンティンジェンシーはどうしても避けられない
コンティンジェンシーは学習の中核概念

ああ、なんかわかったかも。

* * *

こないだあった生理研の研究会も
「動機付けと社会性」というタイトルで社会性が
テーマになっていて、社会性の定義というのは大きな
話題になった。

確かに定義は大事なのだけど、
個人的には定義よりはtaxonomy(分類)の方が意味があるのではないか
と思っている。

札幌での社会性ワークショップでのひとつのメッセージは
「社会性を扱う脳モジュールがあるわけではなくて、
 基本的な認知機能を高度に組み合わせることで
 社会性と呼ばれているものは実現されているのではないか」
ということだった。

現在扱われている様々な社会性研究は
それぞれは独立な観察・洞察から見つけられた行動・現象であり、
様々なレベル・側面のものが混在してしまっている。
"たまたま"社会性とラベル付けされているだけなのに、
それに目をくらまされて逆に見えづらくなっていると思う。

現象間の関係性・共通性を一度整理して見る必要が
あるのではないかと思う。

いま考えているのは社会性の中で重要なのは
・他者理解
・互酬性(reciprocity)・利他性(altruism)
という区分で、
互いに独立ではないとは思うけれども、
どうやって他者のことを理解しているか、ということと
自己の報酬ではなく他者の報酬になるような
一見"非合理的"な行動はどのように現れてくるかのか
ということは分けて考えていいと思う。

そして、社会性の「起源」の問題も
それらの二つの問題とはメタな視点の問題としてある。
何故、経済学的な意味で"合理的"ではない行動をとるのか?

難しいのは利他的な行動が必ずしも利己的な結果を生まないとは
限らないこととだ。
そういう意味では「合理的」という言葉の意味合いも
曖昧になってくる。
効用関数を定義したときに、
結果として効用関数が最大になればいいのであって、
見かけ上の報酬は減っても
「効用が最大になるのだ」といえば正当化される。

(一見すると)利他的な行動をすることの
進化的な起源は何か?
他者の心の理解を必要とした進化的要求は何か?

そのことを考えていてふと思いついたのは
親と子の関係だった。
親と子を二つの個体と見ると、
親は子に対して強烈に利他的な行動をとる個体、
ということになる。
一方で、子は親からよりよい保護を受けるために
他者の信念を理解する必要があったのではないか?

そう考えると、社会性の起源というのは
進化論の王道のドグマである「種の保存」で
説明できてしまうことになる。

確かに、進化的に新しいほど親が子を養育する期間は長くなり、
社会性の能力も拡大していくように見える。
そういう視点からもっと社会性を突き詰めてみると
おもしろいかもしれないなぁ。

Renew a shower curtain

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入居したときから使っていたシャワーカーテンが、
いい加減、トリコイデスに占拠されてしまったので、
新しいのをネットで購入。

トリコイデスを知らなければ、
これを見るべし。

このカビ野郎!

シャワーカーテンについて調べていると、
いままでのシャワーカーテンの付け方が裏表逆であることを知る。

今までのシャワーカーテンは塩ビ製、
新しいシャワーカーテンも塩ビ製。
これ、燃やしたらすごいダイオキシンでそうだな。
新しいシャワーカーテンは長いので下の方20cmをばっさり切った。

新しいシャワーカーテンは臭い。
薬品の匂いがする。
夏休みに定番の浮き輪の匂いに通じるものがある。
防カビ対策でいろいろな薬品付けになっているんだろうな。
らばQ:シャワーカーテンが危険だって!?

カビが生えちゃうのはしょうがないので、
耐用年数が1〜2年の消耗品だと思うのが良いと思う。
一枚3000円とかだし。

夏は繁殖が早い。
冬は黒いシミはほとんど拡大しなかったのに。


***

今日はゼミでした。
高川さんと関根さんの発表。
どっちの論文も面白かった。

高川さんの紹介した論文は、
以前高川さんが構想を練っていた研究を具現化したようなものだった。
突っ込まれまくっていたけれど、
こうしたらこうなりました、という一定の方法論にはのっとっていて、
個人的にはその心意気やよし、と思った。

関根さんの論文は、
次のJournal Clubで自分が発表しようかと思っていた論文だった。
アフリカの孤児から食料を奪う、という趣味の悪い実験。
ミン・スーがFirst AuthorのScienceの論文。
関根さんの話を聞いて、
自分がこの論文をまださらっと読んだだけとはいえ、
あまり深く理解していないことに気付かされた。
というか、関根さんがすごくわかりやすく話してくれた。

正直、何故これがScienceに載るのか不可思議だったが、
ゼミで議論しているうちに、
複雑な問題を切り分けて、ギリギリまで攻めているんだ、
という感触をもった。
それで、なんとなく納得した。

久しぶりに真面目にゼミに参加したら、楽しかった。
わかれば楽しいのだよね、結局。
そろそろまた真剣に研究に取り組もうと思う。
でもその前にいろいろと環境を整えなければとも思う。
これから、背負っている複数の文脈を削ぎ落とすつもり。

There will be blood

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映画を見た日:2008-05-17 03:41:17あたり

イチニクスさんの日記に触発されて。
http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20080630/p2

しばらく前に見た映画「There will be blood」の感想。

まだこれの感想を書ける段階ではないな、と思ったのだけど、
やはり何かしらを書いておく。

映像がきれいだった。
無粋な物が映ってなくて、
都市化されていないそのままの風景がきれいだった。
特に、石油の場所まで掘削が到達して、
油井が激しく炎上するシーンは、
映画館の巨大なスクリーンでみているせいもあって
圧巻だった。

掘削の作業中に事故があって作業員が死んでしまうシーンがある。
掘削する機械の何かが外れて、
そうして、それが落下して、
下にいた人にぶつかって、
即死。
まるでドミノ倒し見たいに、
カン!ギン!ドン!バタン、と動きが連鎖する。
そのあまりに無慈悲な死の描き方が、
冷え冷えとするリアリティを与えていた。
ああ、こうして事故は起こって、こうして事故死する人がいるのだ、
と有無を言わせぬ説得力があった。

物語は1898年から始まり、1927年に終わる。
http://en.wikipedia.org/wiki/There_Will_Be_Blood
その間に、最初は家畜を飼って生活している閑散とした村が、
教会ができたり、労働者が流れ込んできたりして
段々と発展していく。
その徐々に村が変わっていく様子の描写が実にうまい。
レストランにはいると、
昔の取引相手で交渉が決裂した相手がいる。
そこで一悶着あるのだけど、
そもそも最初はレストランなんかなくて、
食事は自炊以外に手段がなかったはずなのに、
いつの間にか金さえ払えば何か食べられるようになったのだ
ということをさりげなく表現している。
それは誰かに「この村も栄えてきたな」とかなんとか言わせれば
済むことだけど、そういう風には表現しない。
違和感なく村の変遷を表現している。

話のなかで、主人公はどんどん強欲になっていく。
見終わったときに「ひどい映画だ」と思った。
映画の出来がひどいのではなくて、
非道い人物が描かれているという意味で。

アイディアを思い付いて、
それに基づいてある行動を起こす。
そうしてそれが成功する。
成功して得た物をものをもとに、
また新たな行動を起こす。

その連鎖で主人公は傲慢さと欲望を再生産する。
簡単に言うと嫌なやつなんだけど、
でも、そういう生き方を否定することはできないと思う。
むしろ、どこかで挫折して、
「やっぱり人間、大事なのは愛だよね」
とか改心してしまう話より、ずっと良いと思う。

自分の欲望に忠実であるということは、
とても難しいことだ。
ある欲望を抱いても、
その欲望が満たすことが困難な欲望だったらどうするか?
それはやはり諦めるか、他のもっと手軽なものに置き換えるか、
忘れるのを待つかする。
けれども、主人公はそんな風に欲望を風化させず、
あくまでそれを満たすことに心血を注いだ。
そうすることの方がきっとめんどくさくて大変なはずなのに。

静かで凄みのある映画だった。

監督はポール・トーマス・アンダーソンというひとで、
頭文字だけとって略すとPTA。(だから何だ。)

この人の他の作品も評価が高いらしく、
見てみたいと思う。

ボーイスカウトとしては、
前半のダニエルとH.W.が狩りをしながらの旅行を装って
石油の調査をする当たりのシーンの、
彼らの服装とか装備に興味がわいた。
当時、どんな装備が可能で、どんな風に野営したのか。
野営するとき、何が現地で手に入るモノで、
何が持って動かなければならないものなのか。
そういう観点からみると面白かった。

***

映画予告編。

余談だが、映画のラスト、
ダニエルがイーライを罵倒するシーンの
「I drink your Milkshake!」のあたりが
うけたらしく、YouTube上で色んな人がパロディを披露している。

そんなにおもしろいのか?このシーン。

Buena Vista Social Club

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作成:2008-07-26 11:55:16


ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを見た。

キューバの映画にはわりと縁がある。
ハバナで生きる人たちを描いた「永遠のハバナ」。

国民から「フィデル」の名で呼ばれ絶大な人気をもつカストロを描いた「コマンダンテ」。
2007/5/28

どちらも素晴らしい作品だったが、
今度のキューバ映画もすばらしかった。

この映画は映画というよりは記憶だ。
年老いたが腕はまったく衰えていない名演奏家達が語る断片的な回想。
街を歩きながらこぼれた鼻歌が、
なめらかにコンサートの映像につながる。
コンサートの映像からスタジオ録音の場面へ。
そして、ホテルでの誰かのインタビューの映像にまた戻る。

この人たちは何故こんなにも素晴らしい演奏をできるのだろう?
一流の演奏家、といって思い浮かぶのはクラシック音楽の演奏者たちで、
彼らは毎日何時間も楽器の練習に時間を費やす。
では、この映画の中の演奏者達はそのような時間を経ているだろうか?
もちろん、膨大な時間を練習に当てているに違いない。
でも、そのような壮絶さは感じられない。
なんだか、このひとたちは自然体で演奏しているように見える。
まるで野生の動物が走り方を教わったわけでもないのに、
とてつもなく早いスピードで走るように。
そもそも、キューバは食べていくだけで精一杯という人が多いのではないか。
実際、映画では靴磨きの仕事をしていたところを、
急に連れ出されてきた人もいる。

そのような国で生きながら、
これほど高度な演奏を学ぶのは想像できない。

でも、それが情熱の成せる業なのかも知れない。
キューバの音楽を聴くと、力が湧いてくる。

***

しかしYouTubeはすごいなぁ。
なんでもあるよ。

YouTube: Buena Vista Social Club - Chan Chan (thanks to clivefromyorkshire)

映画の中でも流れたChan Chanという曲。
クラシックギターの音色の澄んでいること!

ALICE: Rahmens

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いつだったか、大学のキャンパスに
「ラーメン構造を用いたなんとかなんとかの設計」と題した
博士論文かなんかの案内の紙が張られていたことがあった。
「ラーメン」という単語が出てきたので笑ってしまったが
いったいなんのことだかわからなかった。
あれは「ラーメン」というのは
小麦をこねて細く伸ばしたものを暖かい汁につけて食べる
あの中国発祥の料理ではなくて、
ドイツ語の「Rahmen」のことだったということに気付いた
今日この頃。
ドイツ語で「Rahmen」というのは「額縁」のこと。
純ラーメン構造、みたいに、
建築の世界ではよく使われる言葉らしい。
筋交い(すじかい)を使わずに直角な棒の接合によって
壁(平面)を作るような構造をラーメン構造というらしい。

***

さて、こちらは麺類でも建築用語でもない「ラーメンズ」。
お笑い、というかアーティストといった方がよいかも。

http://www.rahmens.net/

今年の2月頃に「ラーメンズ」にはまって、
当時は一日3時間はみなければ気が済まないほど
中毒になったが、
ここのところは落ち着いていた。
が、最近またムショーにラーメンズがみたくなって、
しかもこれまでに見たことがないやつが見たい!という
衝動に駆られてついにラーメンズのDVDを買ってしまった。


今回買ったのは「ALICE」。
2005年の第15回講演。


「モーフィング」
これはDVDではじめてみた。
モーフィングのようにそれぞれが独立して関係のない場面が
切り替わる。
その形が連続的に変わっていく感じを、
演劇でやろうとする発想がすごいし、
実際、成功している。


「後藤を待ちながら」
DVDではじめてみた。
長谷川さんが哀れで、岡田が怖い。


「風と桶に関するいくつかの考察」
うまい。
「風が吹くと桶屋が儲かる」というのは
よくわからない理屈で原因と結果が結びついているのを
表現した諺だけど、
風が桶屋になる「理屈」をいくつも披露している。


「バニー部」
硬派な応援団的な雰囲気のバニー部。
片桐仁がひたすらすわっているだけで、まったく動かない。
小林賢太郎がひたすら一人相撲をとる。
ラーメンズが発明したコントの新しい形式。

これもすっごい笑った。
強面硬派な人格と、女っぽい甘えた声を出す人格と、
猫の声真似とか小道具を使った一発芸とか、
小林賢太郎の芸の多様さが伺える。

冒頭のレディオ体操第一を
よく考えたなーと感心するし、
真似しようとしてもあの動きはなかなかできない。


「甲殻類のワルツ」
これもDVDではじめてみた。
フォッフォッフォ。


「イモムシ」
これは小林賢太郎氏がイモムシの人形を操って、
片桐仁氏と対話するというもの。
イモムシと片桐仁はフィギュアスケートのペア同士、
というような設定。
ただし、実際にはフィギュアスケートではなくて、
フィギュアスケート的な何か。

小林賢太郎が90年代のトレンディドラマのヒロイン的な
しゃべり方をするんだけど、
それを喋っているのはイモムシっていうシュールさ。

「ブルーバンブー」でもっとも受けた。

「不思議の国のニポン」
これはほんと傑作。
片言の日本語で日本の都道府県を説明していく。

「北海道!」
「住民の半分がー、くま!」
「もう半分が、かに!」
「公式キャチフレーズ」
「試される、大地(田中邦衛ぽく)」

栃木→群馬→埼玉、の流れとか秀逸だなーと思う。
全部、猿、馬、サイと動物つながりで来ている。
単品でもそれぞれのネタは面白いけど、
やはりそういうつながりがあるから、
非線形な作用が生まれて爆発的な面白さになる。
熊本→長崎の「ぽん」繋がりとか。
秋田のナマハゲの話が岡山の桃太郎の話でつながるところなんか、
「くぅーーーーーー」と
憎らしいほどあっぱれな伏線の張り方。

最初に見たときはどこを見ても笑えて、
呼吸が苦しくて笑い死ぬかと思うほど笑った。
是非、この「不思議の国のニポン」は見て欲しい。

公演のタイトルがALICEで、
「不思議の国の」というタイトルをつけるということは、
この作品に相当の自信があると言うことだろう。

小林賢太郎氏の脚本の発想力もさることながら、
その話芸の巧みさもうならせられる。
なぜあそこまで、外国語っぽい発音とか、
DJが皿を回す「ドキュドキュ」という音とか、
全然人格の違う声とか、出せるのか。

***
ほとんどをYouTubeで試聴可能。

「モーフィング」

「後藤を待ちながら」
ない。

「風と桶に関するいくつかの考察」


「バニー部」

「甲殻類のワルツ」


「イモムシ」
ない。


「不思議の国のニポン」

Tofukuji (Tofuku temple), Kyoto, Japan

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tofukuji1.JPG

tofukuji2.JPG

東福寺に行った。
東福寺の方丈庭園。

これが、素晴らしかった。
方丈の寺のまわりをぐるりと庭が囲み、
東西南北それぞれで、趣向が異なる。

きれいに整えられた砂の海と底に浮かぶ岩。
こんもりとした五つの丘に茂る苔の緑。
格子状に白い石と苔が並ぶ市松模様。
これをイサム・ ノグチは『モンドリアン風の新しい角度の庭』と
表したそうだ。

素晴らしすぎた。
しばし、床に寝そべって悠久に流れる時間をむさぼってしまった。
ただそこに座って庭を眺めているだけで、
深い思索の中へと潜っていけてしまう。
そんな魔力がある。
庭を見ているといつのまにか頭の中の宇宙を漂っている。
半眼でみている。

この庭は重森三玲という人の作品で、
この人の他の作品もみてみたい。
日本庭園という古めかしいジャンルなはずなのに
ものすごくモダンなのだ。


Qualia of discussing qualia

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玉川大でワークショップ。
3月に池上研とのワークショップと芸大でのワークショップをやって、
今回は第3弾というところか。
これまでと違うのはいままでは異分野同士のワークショップであったが、
今回は同じ脳科学分野同士のワークショップである。

茂木研という"colsed home"でしか通用しない話じゃ意味はないし、
複雑系やアートの分野ではアウェイ過ぎて通じないこともある。
果たして今回のワークショップはどんな風になるのか、
少し怖くもあったのだが、
よいpeer pressureを受ける機会になったのではないかと思う。

***
「コミュニケーションと意思決定」
5月9日(金) 13:00〜@玉川大学

13:00〜
恩蔵絢子(ソニーCSL)
不確実性と感情

13:30〜
高橋英之(玉川大学)
文脈依存の認知制御と社会性
-自閉症と表情認知からのperspective-

14:00〜
横山絢美(玉川大学)
意図推定に基づく行動決定過程のモデル化とその評価

14:30〜
豊巻敦人(北海道大学)
意志決定の障害としての精神疾患の新しい理解

15:00〜15:15 
Short Discussion
15:15〜15:30
Break

15:30〜
石川哲朗(東京工業大学)
視覚的一発学習の探索行動による解析

16:00〜
福島宏器(慶応大学)
社会的認知の処理の多様性について

16:30〜
岡田浩之(玉川大学)
コミュニケーションにおける非論理的推論の効用
-対称性および相互排他性を巡って-

17:00〜
Long discussion
(茂木さんの指定討論含む)


***

恩蔵さんが見事に自分の話をしていた。
研究テーマが顔の認知に移った後も、
自分の問題意識をしっかりもってドライブしているのが
かっこいい。

ひでまんさんが、解析にエントロピーによる評価を多用していて、
参考になりそうだった。

横山さんの他者の信念を推定するAgentと
能動的に相手に意図を伝えるAgentというのは新しいアイデアだと思った。
上司と部下、のようなheterogeneousな構造ができるのはどうしてか。

豊巻さんの統合失調症のレビューは感動的に素晴らしかった。
以前、精力的に精神疾患について調べていたときに思ったことに
通じることをお話されていて、今度じっくり話をしたいと思った。

石川はイントロの部分でがっちり聴衆のハートを鷲掴みにしていた。
視覚心理をやっている先生からいろいろとアドバイスをもらっていた。

岡田先生の対称性の話は興味深かった。
概念セットがcomplicatedしていて把握していなかったが、
ヒト以外の生き物には対称性がないという話は
何か大きなbreakthroughにつながる気がした。


***

最後に茂木さんがしゃべった。
「トークするなんて聞いてないよ」と言いつつ、
理研でトークしたときのスライドをベースにして、
Qualia と Contingencyについて即興で話をした。

茂木研に入ってから、茂木さんが脳科学という"ホーム"にあたる場で
トークをするのははじめて見た気がする。
もちろんゼミでは何度も茂木さんが
真剣に脳科学の話題で議論する姿はみているが、
茂木研の外でかつ脳科学の場でそういう話を聞く機会は
なかったと思う。

はっきりいって、茂木さんはものすごく誤解されている。
世間一般のひとからも、脳科学のひとたちからも。
本人はそんなことを屁とも思っちゃいないけれども、
僕としてはそういう状況に忸怩たる思いがある。
そもそもオレが心配することでもないのだが、
某所での炎上のこともあって、
ふと考えてしまう。

オレがなんとかする問題でもないし、
茂木さんがその誤解を解くのに奔走するのも馬鹿げたことで、
誤解している人には誤解させておけばいい。
のではあるが、
できたら誤解が解けたらなあと思ってしまう。

茂木さんの話を聞きながら、
はじめて茂木さんを見たときのことを思い出した。
2004年に早稲田の心理学科で「クオリアとはなにか」という題で
講演したときのことだ。

使っているパワーポイントのマテリアルとか、
クオリアよりもコンティンジェンシーに重点をおいて話をしていることとか、
腹のでっぱりぐあいとか、
あたりまえに当時とは違うのだけど、
でも、話を聞きながら感じる「茂木健一郎のクオリア」は
あのころと少しも変わってない。
あるいは「茂木健一郎がクオリアを論じているときのクオリア」。

***

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/05/post_34a9.html


茂木研の伝統芸能「部長プレイ」

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合宿の時に撮影したのをアップ。
茂木研の伝統芸能「部長プレイ」

これ、公に公開しちゃまずいかな・・・。
不都合なら消します。
to 関係者各位


茂木さん「まあ、部長おひとつどうぞ」
関根さん「ああ、茂木くん、ありがとう。じゃあ乾杯と行こうか」
茂木さん「ええでは、関根部長、今後ともよろしくお願いします」
関根さん「ああ、よろしく・・・ってちょっちょっちょ、それは違うよ君ー」
(茂木さんの杯が関根さんの杯より上にあることを指摘)
茂木さん「ああ、これはこれは失礼いたしました」

てな具合。

巣園体操はすっかり忘れてしまったけれども

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母校の高校にゆく。

来週の1日、2日に大菩薩峠越え競歩大会があり、
それにOBとして支援のために参加する。
そのための打ち合わせ。

科学技術班の先輩や後輩、同級生や、恩師とお会いした。
懐かしくって、つかの間、高校生の気分だった。

今回いた同級生は、
オレと同じく博士の学生なのに母校の非常勤講師をやっているやつと、
むかしっから要領はずばぬけていいやつと、
3留して、今年から社会人になったやつがいて、
それから一浪二留していてゲテモノ食いの後輩がいた。

別の後輩はグーグルに就職して、いま研修でアメリカに
行っているんだという。
確かに常軌を逸したやつだったが、それほどとはと恐れ入った。
「残酷な天使のテーゼ」を狂ったように歌ったのが懐かしい。

久々に母校に来て、昔の仲間としゃべって、
ああオレはなかなか面白いところにいたんだなぁと思った。
硬教育を冠するこの高校で薫陶をうけたことが嬉しい。
小中髙大院と異なる5つの学校を経てきたけど、
一番愛着があるのはここだろうと思う。

ボーイスカウトで弥栄をするみたいに、
最後の締めに「天突き」をした。
「天突き」をしたのは本当に何年ぶりだろう!

はは。
けど、巣園体操はすっかり忘れてしまった。
あの独特の体操。

高級炊飯器とSPAMバーガー

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ヨドバシカメラをフラフラしたら炊飯器コーナーについて、
8万円とか9万円とかする高級炊飯器なるものがあって驚いた。
そんな高い炊飯器誰が買うんだ、と思ったが売れ筋NO1商品らしかった。

オレが使っているのは研究室に転がっていた持ち主不明で、
製造から10年以上経っていそうな炊飯器だというのに
世の中はなかなか進んでいるようだ。

***

ブランチにフレッシュネスバーガーで「SPAMバーガー」を食べた。
食べるのは2回目。
醤油ベースのたれがかかったSPAMの味を思い出したら
無性に食べたくなった。
どことなく不健康そうな食べ物だが、気にせず。

醤油が強めのテリヤキソースが塩気の少々きついスパムにかかり、
いっしょにサンドされている半熟気味の目玉焼きと
新鮮なキャベツがなかなか絶妙な味わいを醸し出す。

***

SPAMといえばモンティパイソンのSPAM

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夜に神聖喜劇の作者・大西巨人のドキュメンタリーをNHKでやっていて、
読書しつつも見てしまった。
戦争のこと、人間の本性のこと、
神聖喜劇という大著を書き上げるということ、
などをぼんやり想った。

大西さんは「今の日本は満州事変のころの雰囲気に似ているよ」と、
恐ろしいことを言っていた。
満州事変のころを知っているわけではないけれど、
なんとなく分かる気がする。

***

明日は月曜日であり、待ちに待ったゴミ捨ての日である。
何度も朝寝坊でゴミ出しに失敗しているので、
今日は夜のうちに出してしまった。
これで賞味期限一ヶ月経過の卵とか、
黒と緑のおぞましい色彩に変化してしまった伊予柑とか、
その他2,3週間放置されていたゴミどもを片付けることができる。


桜並木

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実家の近くの桜並木。
音楽は映画「アメリ」のサントラから。

映画「アメリ」
(原題 Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain)
サウンドトラック18曲目 Le Banquet
作曲はYann Tiersen

このサウンドトラックも映画も、どちらも超オススメです。

4/10追記

ためしがき。



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