The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2017年8月アーカイブ

夏休みが終わる

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夏休みが終わる。

もちろん、自分のじゃなくて、子供達の。

今年の夏もしんどかった。

暑さと湿度が直接的にに体力を削っていく。

給食がないので朝の弁当作り。
弁当作り自体は、妻がやってくれるけど、
それにともなって、食料の減りが早くなって、
いつもよりも余計に食料の在庫に気を配ったり、
ご飯をたく頻度をあげなくてはならなかったり、
炊事の回転率が上がるので副次的に自分の負担も増える。

イレギュラーなスケジュール。
仕事と習い事と学童と帰省と延長保育と突発的事象の
多変数のスケジュール調整。

夏休みの宿題の自由研究・・・・・。
しんどかった・・・・。
子供はもっとしんどかっただろうけど。

過去2年参加した阿波踊り大会は今年は不参加とした。
毎週1回の練習だったけど、それでも3ヶ月間それが続くのは
すごくしんどかった。
土日は貴重な家事タスク一掃の時間なので、
練習で時間がその時間が減ると部屋は荒れるし、
子供に対するフォローも手薄になる。
そうすると子供が体調崩して仕事する時間が削られて・・・と
負のループに陥るので今年はやめておいた。

でも、見物にはいって、昨年までお世話になった連に顔を出して
子供達にアイスの差し入れをした。
みんながわいわいやってるのを見て、やっぱり来年は出ようかなと
思った。

そんなこんなで、長いようで短いようで濃密だったようで
無為に過ごしてしまった気もする、42日間だった。

今日は雨で、気温がぐっと下がって夏の終わりを感じた。
夕飯後に日本対オーストラリアのサッカーワールドカップ予選の前半を見て、
子供の自由研究のレポートを表紙をつけてホチキスで留めて、
それから2学期初日の持ち物の準備を一緒にやって、
久々に風呂に入った後に風呂掃除をした。

そういったことがいちいち夏の終わりを象徴するような気がして、
強く強く夏が終わる、夏休みが終わると感じる、8月最後の夜です。

急速に濃くなっていく不穏さ

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灘校校長の書いた「謂れのない圧力の中で ̶ ̶ ある教科書の選定について ̶ ̶ 」
という文章を読んで、いろいろと思うことがあった。

特に下記の部分

(抜粋ここから)
そ んなこんな で 心 を煩わせていた頃、歴史家の保坂正康氏の『昭和史のかた
ち 』( 岩波新書 )を読んだ。その第二章は「昭和史と正方形 ̶ ̶ 日本型ファシズ
ムの原型 ̶ ̶ 」というタイトルで、要約すると次のようなことである。
ファシズムの権力構造はこの正方形の枠内に、国民をなんとしても閉じこ
めてここから出さないように試みる。そして国家は四つの各辺に 、「情報の一元化 」「 教育の国家主義化 」「 弾圧立法の制定と拡大解釈 」「 官民挙げての暴力 」
を置いて固めていく。そうすると国民は檻に入ったような状態になる。国家
は四辺をさらに小さくして、その正方形の面積 をより狭くしていこうと試み
るのである。
(中略)
では、現在に当てはめるとどうなるのだろうか。第一辺については、政府に
よる新聞やテレビ放送への圧力 が 顕在的な問題となっている。第二辺について
は 、 政治主導の教育改革が強引に進められている中 、今回のように学校教育に
対して有形無形の圧力がかかっている。第三辺については、安保法制に関する
憲法の拡大解釈が行われるとともに緊急事態法という治安維持法にも似た法律
が取り沙汰されている。第四辺に関しては流石に官民挙げてとまではいかない
だろうが、ヘイトスピーチを振りかざす民間団体が幅を利かせている。そして
日本会議との関係が深い水間氏のブログからはこれらの団体との近さがにじみ
出ている 。 もちろん現憲法下において戦前のような軍国主義やファシズムが復
活するとは考えられないが、多様性を否定し一つの考え方しか許されないよ う
な閉塞感の強い社会という意味での 「正方形」は間もなく完成する、いやひょ
っとすると既に完成しているのかもしれない。
(抜粋ここまで)

2、3年前まではまた日本が太平洋戦争時のような状態になることが
想像できなかったが、なんだか、ここのところ急に、不穏な雰囲気になってきて
いるように思っていて、そういう感覚がとても的確に表現されていると思った。

現政権の前は、1年に1度以上総理大臣が変わる時代で、
その不安定さに比べれば、継続的に同じ人が総理大臣をやるほうが
ずっとよいと思っていた。

だが、このままいまの政権が続くことにはかなり抵抗感がある。
権力は長期化すれば腐敗し暴走する。
そろそろ替えどきだと思う。

受け皿さえあれば、一気にそちらへ流れるのは東京都知事戦を
見ていればあきらかだ。

以前、自民党が民主党に大敗して政権交代がなされたとき、
自民党はもう陽の目を見ることはないだろうなと思ったが、
その予想は見事に外れた。

なので、自分の見立てとは当たらないものだなということは
わかっているが、今感じているうすら寒い危機感は
気のせいだと無視してはいけないと思う。

7年ぶりの弛緩

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しまった8月になってしまった。

今年(2017年)は月に一度のペースでブログを書くことにしようと
思ってるんだけど、月一ペースすらもきっちり守れないのが残念だ・・・。

7月の終わりに仕事で重めな案件があって、
それが無事に完了してひと段落した。

とても大きな意味でのひと段落で、実に7年ぶりに
弛緩できる時間が訪れている。

ずっと、緊張していた。
何か小さな躓きでも、自分が何か悪いことをしたら、
会社が傾くんじゃないか潰れるんじゃないか、
という緊張感の中でずーっとやってきた。

自分がどういう動きをしたらどういう結果になるのか?
暗闇の中を手探りで動くような感覚でずっとやってきた。
また、時々、これを失敗すると致命的なダメージをこうむるという
案件もちょくちょく発生するのでそのときも緊張を強いられる。

もぐらたたきのように、何か解決すると何か別の問題がわきあがり、
それに対処しつつ、暗闇の中を模索し続けるというのを
7年と5か月続けてきた。

それだけの時間が経ったいまになってやっと、
おそれずに動けるようになった。

もしいまここで手を上げたら、その手が何かに当たって、
その何かが別の何かに当たって連鎖的に何かが起こって、
その過程で何かが増幅されて、最終的に取り返しのつかない
結果が起こるのではないかという恐怖感があって、
一挙手一投足に緊張がしいられていたのだが、
手を挙げたところで何か致命的なことが起こったりはしない、
という確信がついに得られた。

また、ここで足を上げると結果的にこういう事態が起こる。
けれど、そういう事態が起こっても致命的ではないし、
過去にこういう風に対処したので今後もそういう風にすれば
よいという知見も蓄積してきた。

なので、緊張しなくても済むようになったし、
何か問題が起こっても極度に身構えなくてよくなった。

7年かかった。

会社を引き継ぐのは中古の船を譲り受けるようなイメージ。
引き継いだ時点では、動いているけど、
しっかりメンテナンスしないと沈むかもしれないし、
進路を誤ると座礁するかもしれない。
メンテナンスのために、完全な図面があるかというと
そういうのもなく、不完全で断片的な図面があって、
機械にはつぎはぎや改造が多くて、そういうつぎはぎがどのような
意図でなされたかはたいていどこにも書かれていないので
自分で読み解くしかない。
船はちゃんと浮いているのか、もしかしたらわずかずつ沈んで
いるんじゃないか、そういう心配もあった。

その中古の船の状態を把握するのに7年かかったということだ。
やっと次にどこに向かうかを考えはじめられる段階だ。

ずっと緊張していて、歯を食いしばる癖がついてしまった。
おかげで寝るときも歯を食いしばってしまうので、
眠りが浅いし、時々歯が痛くなる。

もう緩んでいいんだぞと頭ではわかっていても、
なかなか体がそれに従わない。
緩み方を忘れている。

そんな風に一息ついて、世間は、というか子供らは、
夏休みに入った。
今年は楽しい夏休みにしたいな。

2020年のオリンピックまであと3年。
そのころには10年経つことになる。
次のオリンピックのときには、なんとかなってたいなと思ってる。

10年か。なげえ。

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