フェムトセカンド #七味とーがラジオ / @melonsode

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Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0220330 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

山本一郎さんが城繁之さんの記事にマッタ

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城繁之さんの記事に山本一郎さんがマッタをかけております。

城繁之さんの記事はこちら。

そして、それに対しての山本一郎さんの誤認指摘記事がこちらです。

どちらの御仁も、尊敬している論客だけに、議論の行く末が気になります。
(城さんがスルーして終了そうですが)

38歳で朝日新聞社の取締役になるのは早いか?普通か?

私として気になるのは、この点です。

ついでに言うと、本来、日本は実力主義の色濃い社会でもあった。
戦前の緒方竹虎は38歳で朝日新聞社の取締役になっているし、
戦後も田中角栄が郵政大臣として初入閣したのは39歳だ。
(出典:専業主婦も終身雇用も割と最近の流行りもの --- 城 繁幸)

この城繁之さんの記事に対して、山本一郎さんは下記のような指摘をしています。

言うまでもないことですが、完全生命表で明治時代を見ますと明治
24年から31年までに出生した日本人の平均余命は42.8歳であり、
緒方竹虎が38歳で取締役だといっても勤労世帯の年齢構成的には
上位25%に入る年代層であって、この数字が日本社会の実力主義
を示すものとはとても言えません。
(出店: 城繁幸さんの「伝統の終身雇用」話について(山本 一郎))

明治 24年から31年までに出生した日本人の平均余命は42.8歳 とあるのですが、リンクにある完全生命表を見に行きますと、確かに 明治24-31 のところは、0歳時点の男で、 42.8歳となっております。

(ちなみに、緒方竹虎氏は、Wikipediaによると、1888年1月30日のお生まれですので、明治21年の生まれということになります。 )

しかし、僕は、緒方竹虎氏が38歳時点であとどれぐらい生きられたかを考えるほうが、38歳取締役就任が早いか遅いかを考えるうえでよいのではないかと思いました。

緒方竹虎氏が取締役に就いた38歳は、1926年(大正15年 or 昭和元年)であり、その点から件(くだん)の完全生命表に当たりますと、統計的には緒方竹虎氏はその時点での平均余命は25.74年のになります。完全生命表の「大正15-昭和 5」の40歳・男の欄です。つまり、取締役就任時点では、63.74歳まで生きられそうだったといことです。

平均的に63.74歳まで生きられそうだった時代に38歳で取締役になることは、これは個人的な印象ですがどちらかというと早い部類に入りそうだと自分は思いました。

ただ、山本一郎さんがいみじくも次のように書いてらっしゃいます。勤労世帯の年齢構成的には上位25%に入る年代層であって」と。つまり勤労世代内の年齢だけで判断するのではなく、そこに人数の重みづけを加えて、その中の相対的な位置づけで早いかどうかを決めるのが適しているということで、その考えに同意します。

38歳まで生きた人は平均的に63歳まで生きたといっても、そもそも38歳になるひとが極めて少なければ、 結局は38歳は年長者ということになります。

山本一郎さんは38歳は年齢構成的には上位25%に入ると書いてらっしゃいますが、ほんとうにそうなるのかな?と疑問に思いましたので、自分でも検討してみたいと思います。

1926年

生産年齢というものが、大正の終わりと2014年の今でおそらく異なります。大正の頃の60歳と、いまの60歳は異なると思います。なのでまったく同じ年齢幅で比較するのは状況にマッチしないと考え、1926年時点での生産年齢人口の定義は、15歳以上60歳以下の男としました。 (ほんとは65歳までにするべきかもしれないし、女性も含めるべきかもしれない。)

そうすると、15歳以上60歳以下の人口合計は 17,337.4 (千人)で、 38歳以上の60以下の人口は、6,286.7 (千人)でした。
そうすると、38歳以上は生産年齢人口のうちの上位 36%となります。

データは下記から持ってきて計算しました。

2010年

一方、現在の生産年齢人口は、15歳から65歳の男としました。また、山本一郎さんの記事の「上場企業の新任役員の平均年齢は59.6歳」という記述をもとに、59歳以上65歳以下の年齢の比率を求めました。

その結果、15歳以上60歳以下の人口合計は 41,828 (千人)で、59歳以上の60以下の人口は、6,613 (千人)でした。 そうすると、59歳以上は生産年齢人口のうちの上位 16%となります。

データは下記から持ってきて計算しました。

1926年に38歳で取締役になるのは早いと思う

上記の1926年と2010年の結果を比較すると、現在(2010年)の取締役就任は生産年齢人口の上位 16%程度でなるのが一般的であるのに対して、緒方竹虎氏は当時、上位 36%の年齢でなったということがわかります。

ここから私は、1926年の平均寿命の短さを考慮しても、緒方竹虎氏の取締役就任は早かったといえると結論します。

私は、このように計算しましたが、山本一郎さんは「38歳は年齢構成的には上位25%」と書いており、食い違っております。おそらく計算方法や使用したデータに違いがあるのだと思われます。(なにぶん、私は勝手に生産年齢人口を定義しているし。)この点は、山本一郎さんの計算が具体的にはどういうものであったかがわからないので、これ以上は違いを論じることはできないのでやめておきます。

でも、若き緒方竹虎氏の取締役就任は当時としてもイレギュラーだったのでは?

で、ここまで書いておいて、ちゃぶ台返しするのもなんなのですが、そもそも、緒方竹虎氏の取締役就任のような若い世代の抜擢は、当時としては当たり前だったのか、それとも当時としてもイレギュラーなことだったのかはまた別な問題です。現在においても、(相対的に)若くして取締役に抜擢される例はあると思いますし。

というわけで、緒方竹虎氏の取締役就任の例を引いて、今昔の人材の登用に関する流動性の違いについて論じることはできないと思いますので、生産年齢人口のしめる割合の違いの比較だけの指摘にとどめ、こちらからは以上です。

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