The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2011年2月アーカイブ

国債がわからない

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つい先日、同じ研究室のSさんと「日本の国債はデフォルトするか?」
ということで議論になった。

僕は
「国債がデフォルトするのは近いぞ!
 そうしたらハイパーインフレで日本の経済は壊滅だ!」
という感じでわめいたのだが、
Sさんは逆に、冷静に
「国債はデフォルトしない。
 国債がデフォルトするときは長期金利が上がるなどの兆候が
 みられるはずだが、それがいまのところないじゃないか」
と反論。
しかし僕は
「いずれ日本国民の資産を国債を上回ってしまうから
 そうなったら国債の買い手がいなくなって、国債は暴落する!」
と吠えた。
しかし、Sさんは
「原理的には国債の買い手がつかないことはない。
 何故なら日銀がお金を刷りさえすればいくらでも国債を
 買い取ることが可能だからだ」
という反論。
その後もいやそんなことない、いやそうなんだ等々
押し問答を繰り返したが、お互いに合意にはいたらず。

国債は日銀がお金を刷ればいいんだからいくらでも買い取れるというのが
どうにも納得できず、
直感的に「お金を刷りさえすればいい」というのはおかしい気がするのだが、
でも、買い取るためのお金を生み出せるのだから
確かにそれは正しいのではないかとも思うようになった。

この動画の森永卓郎側の主張と同じ。

これはいわゆる「リフレ派」の議論だと思う。

日銀がお金を刷ればいくらでも国債を買うことができて、
お金が市場に溢れればインフレになる。
インフレになれば景気は回復するというのが
リフレ派の主張だと思う。

確かに、バーナンキの背理法を持ち出されると、
お金を刷って国債を買いまくればインフレが起きるというのは
確かなように思われる。
もしインフレしなかったら、たくさん刷ったお金で
世界中の土地や金目の物を買いまくればいいというのもわかる。

けれど、インフレが起きたとしても、
インフレを適切な程度に制御できるようには思われない。
それから物価がインフレになることと、景気が回復することの間に
「インフレ→景気回復」という因果関係があるように思われない。

結局未だにそのあたりのことが納得できていない。
Sさんは経済学部の出身で、
自分は経済の勉強をほとんどしていなかったので、
きちんと経済学をやったSさんからは
「一度、きちんとしたマクロ経済学の教科書を読んだ方がいいよ」
と言われてしまった。

口惜しいのでMankiwのMacroeconomicsをぽちりました。

ブワーっと

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なにかブログ的なものが書きたい!という深夜1時。
なのでブログ書く。

もっとブワーっと血湧き肉躍ることがしたいっ!と思う今日この頃。

どう動くかがあらかじめ決まってしまっているのは
どうもつまらないね。

会社の雑事でいっぱいいっぱいで、全然この世に一発かますようなことが
できなくてくやしい。

ずいぶん、世界は変化しているみたいじゃないか。
エジプトで革命が起こったって?
日本はいよいよ政治がぐちゃぐちゃになってきてて。

いまの変化のスピード感はすごくいいと思う。
自民党から民主党に、政権交代したのは
日本における革命みたいなものだったと思う。

いまだいぶメディアは民主党を突き上げているみたいで、
「なんのための政権交代だったのか・・・・(とほほ)」みたいな
論調が目に付く。

こういうのをみると「だったらテメーが政党作って国の運営やってみろ」と
いいたくなる。

僕があの選挙で民主党に投票したときは、
「ともかく変わること」しか望んでいなかったので、
いまの体たらくをみていても、あの投票行動を後悔する気は起きない。
だって、あの当時のことを思い出してみればいい。
他に選択肢があったか?
政権が交代してみて、とりあえず国家の運営って本当に大変なんだというのが
民主党自身もわかっただろうし、
それを見ている僕ら国民も見えるようになって学ぶことができた。
それは収穫だったと思う。

そして、国家レベルの変化でも
起こそうと思えば起こるのだということも実感できた。
だって政権が変わったら途端に、ダムをやめるだの、
米軍基地は沖縄からなくすだの、事業仕分けするだの
いままで見たことないことが起きたじゃないか。
(どれもうまくはいかなかったけれど)
あの座に着く人たちが何かやろう、と言えば実際そうなるんだ
というのが確認できたのはよかった。
ともすればこの世は何もかもがんじがらめで
その流れを変えることは人の手には負えないことだと
思ってしまっている人は多かったのじゃないのか。

政治以外にも、twitterの影響力は強力だよね。
あの茂木さんがついにブログを書かなくなってtwitterに移行してしまったんだから。
あれだけ毎日欠かさずにブログを書いていた茂木さんの
行動様式が変わったんだから。
って茂木さんを基準に語るのもおかしいとは思うけど、
どっちにしろすごいインパクトがある。

twitterは携帯のメールをほぼ代替できてしまっている。
インターネットの世界はスパムだらけの世界になってしまって、
迷惑メールなんかはその典型だけど、
twitterはそれを乗り越える可能性だと思うし、
実際そうなってきている。
followという基本的には一方通行の行為と
一方でWebの誰でも見れるという特性が
絶妙に組み合わさって、それまでのWebにはなかったネットワーク構造を
構築することに成功している。
それにtweetは流れて消えていくという点も新しい。

この2年ぐらいの風景の変遷はすごく早いと思うし、
それを見ているとわくわくする。
「世界は確実に面白い方向に向かっているんだよ」と
ハルヒに言いたくなるぐらいに。

春を待っているわけじゃなくて

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親父の一周忌が終わって、本当に、あれから一年経ってしまった。

自分史上、もっとも体感の時間経過が早い一年だった。
そもそも一ヶ月が早すぎる。
あっという間に一ヶ月過ぎてて、
それを単純に12回繰り返した。

今日は会社を出るときに、
空気に微温の感触を感じて、春が近いんだなと思った。
別に春を待ちわびたりはしてなくて、
むしろ来ないで欲しい。

まだまだやっておきたいことが一杯あるのに、
ほとんどpendingで止まってしまっている。
1年というスパンがあればできるだろうと思っていたことが
実際は10分の1ぐらいしかできないまま
次の年度が迫っている。

これからもう一度、あの一年を繰り返すのか、と思うと
ぞっとしてしまう。
最初の年は何も知らないからがむしゃらにやれたけれど、
二回目になると、これからやることのしんどさがある程度わかっちゃっているから、
びびって逃げてしまいたくなる衝動に何度も駆られることになるだろう。

この仕事を始めて数ヶ月ぐらいは、
我ながらよくこの仕事やれているよな、と思ったりしたものだが、
いまはあんまりそうは思わない。
結局は親父がそんだけしっかりした会社を作ったということなのだと思う。
ロバストに自律的に回るシステムができていて、
オレがやってんのはそのシステムのメンテナンス作業みたいなものだ。

いろいろなことを一斉にやらなければ
いけなかった1年だったけど、
次の年度からはそういうこともないから今よりは楽になるだろうか。

何にせよ、このまま年度末までノンストップ。

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