The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2010年9月アーカイブ

大胆に、素早く

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もうすぐ自分が乗っている車ともおさらばで、
新しい中古車が来る。
いま乗ってる車が15年落ちの10万キロの車で、
かなりオンボロである。
まず、パワステが付いてなくてハンドルがとても重い。
大きく早くハンドルをきるときは腹筋に力を入れて、
気合いを入れないと回らない。

エアコンをつけると目に見えてエンジンの出力が低下し、
今年の夏はクーラーを最強にして走るとエンストするのでマイッタ。

他にも細々と使いづらいところはあるが、
一番厄介なのが走っていると勝手にエンジンオイルが減っていくことである。
普通、エンジンオイルは減らない。
汚れていく。
だから一定期間ごとに車のエンジンオイルは交換する。
自分がのっている車はオイルが減っていくので、
交換せずに継ぎ足している。
なんで減っていくかというと、おそらくガソリンと一緒にオイルが
燃えているのである。
その証拠に車の後部は洗車をしても三日ほどで黒く汚れてしまう。
おそらく、オイルが燃えた排ガスだろう。

免許をとってから親父にあの車をあてがわれて、
それからずっとあの車が愛車だった。
だから愛着もひとしおだし、あのオンボロに乗っていることが自分の
アイデンティティの一部の様な気もしているので、
後ろ髪ひかれないこともないのだが、
いかんせん、毎日車に乗るようになると、
どうしたってその不便さが積もり積もってしまう。
それでひと月ぐらい前から知り合いの中古ディーラーさんに、
代わりとなる車を探してもらって、
やっと見つかったという連絡があった。
だからもうすぐこの車ともお別れである。

寂しいけれど、これで運転に伴うストレスがかなり軽減されるのではないか
という期待のほうが上回っている。

車といえば、嫁の方も遂に車を買った。
車社会のこの街で、よくもまあ車無しで育児ともどもがんばったと思う。
ずっとどうしようか悩んでいたけど、やっと決断してくれてよかった。
車があると便利だけど、職場復帰して電車通勤になったら不要になるかもしれないし、
それにそもそも運転は苦手だしというのでどうしようかこうしようかと
数ヶ月悩んでいた。
だけど、一度中古車を店に連れて行ったら、
その一週間後には、買うという意思決定をすることができた。

その変化がとてもうれしかった。
どちらかというと優柔不断な彼女がスパっと決意を固めることができて、
成長したな、と思った。
具体的な選択肢を見せることで具体的に様々な想像をすることができるようになって、
判断を先延ばしすることの損失に気付いたのだろうと思う。

大事な決断をするときは慎重に考え抜くことが大事であるが、
大胆に素早く決断を下すことも同じぐらいに重要である。
考えて考えて、結局判断できないのが一番よくない。

素早く大胆に意思決定をすることの大事さは、
何度も真剣な意思決定を繰り返さないと身につかない。
慎重に考え抜くことは大切ではあるけれど、
考えてもわからないことが多くて、
結局そのことばかりを考えていても仕方がないという
諦観と表裏一体になっていると思う。
考えたってわからないんだから決めてしまえ!という大胆さがうまれ、
考えたってわからないことを考え続けて、意思決定が遅れて、
最終的にもっとはやく決断していたときとの機会損失の差が大きくなるのが
わかるから、決定が素早くなる。

真剣な意思決定を何度も繰り返すためには、
結局、責任のある行動の主体となって、
判断の矢面に立たないといけない。

そういう意味で僕の母は、親父が死んだことで、
舞台裏から判断の表舞台にひっぱりだされて慣れないことの連続だったろうと思う。
そんな中で母も成長して、僕が何もかも考えて判断しなければ
ならなかった七ヶ月前よりはずいぶん楽になった。

自分は家庭でも会社でもマネージャー的な立場にいる。
だから、複雑で深刻な意思決定を何度もすることになる。
もちろん家族のことも会社のことも、
全責任は自分が持つという覚悟はできているし、
そういう立場にいることをきちんと理解している。
けれど、苦しいことは苦しかった。
半年と少し経って、いままで自分でやっていた意思決定を
肩代わりしてくれるようになって、
まわりが成長したのを実感しているし、
悲壮感でいっぱいだった気分もずいぶん気楽なものになった。

この表現が正確なのかどうかわからないけれど、
いまの「楽になった気がする」という感覚は、
たぶんそういうことなんじゃないかとおもう。

自分の能力を向上させることばかり考えても、
有効ではないのだなと思い始めた。
マネージャーなら特にそうだろう。
マネージャーは個々のプレーヤーの能力を如何にあげるのか、
そして、個々のプレイヤーの能力向上に時間を割かずに
いかにチーム全体の力を上げるのかを考えないといけないだろう。
マネージャーがいかにプレイヤーとして能力が高くても仕方ないのだ。

よく、「一流の人は一流の人を同じバスに乗せたがり、
二流のひとは三流のひとをバスに乗せたがる」ということを言う。
これは、一流のひとは一流の人と仕事をしたがるし、
二流の人は自分よりも劣ったひとと仕事をしたがる、という意味だが、
この警句には昔から違和感があった。

ひとを能力でわけて、そこから選りすぐりをして、
良いチームをつくることができるという考えが前提としてあるようにみえるが、
僕はそんなことは普通はできないのではないかと思う。

誰と同じバスに乗り合わせるか。
それは個人ではコントロールできないことの方が多いのではないか。
たまたま乗り合わせた人とどうやってうまくくやっていくか。
それこそが人生の醍醐味なのじゃなかろうか。

あるときはプレイヤーになって、
あるときはマネージャーになって、
そうしてお互いに高め合うようなチームとなって、
あるゴールを目指す。
ゴールに到達したらそのコミュニティは消滅して、
メンバーはあらたなグループの成員となって消えていく。

そういう在り方が、美しいと思う。

暑かった夏、夏だった日々

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コインを裏返すみたいに、夏が冬になった。

いまの生活になったのは二月で、
その時ははやく夏になればいいのにと、そればっかり思っていて、
どんなに暑くても暑さの方が寒いよりも耐えられるのにって。

今年の夏はいきなり暑くなって、さらに連日暑くて、
まわりは暑い暑いと騒いでいたけど、
夏というものはいつもこのぐらいは暑いものだと
思っていた。はじめは。

途中から、やはり暑すぎるかもしれないと思いはじめて、
実際、今年は猛暑日の記録が史上最多だったそう。

これから冬になる。
寒さが本格的になってきたら、
また夏が恋しくなるんだろうか。

うんと寒い冬になるといい。
そうしたら忘れられない一年になる。

危機を迎えている国

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妹に「茂木さんのtwitter見てると、
日本がやばいやばいってそればっかり書いてあるんだけど、
そんなにやばい状態なの?」と真顔で聞かれたので
思わず笑ってしまった。

毎日あくせくと目の前の仕事に追われてすごしていたら、
日本がいま危機的な状況にあって、
もはや手遅れかもしれないという危機感を持つことは
難しいかもしれない。

そもそも、「日本は」「世界は」という視点で物事を見ることは
日常の視点からすればほとんど必然性もなく、
そういう見方をすることでお鍋の芋がはやく煮えるような類いの御利益も
得られたりはしないから、
結局、本人の実感としてそういうことを考えることは
珍しいのかもしれない。

それでも、「もう日本は終わってるなー」という印象を抱かせるような情報は
以前よりもずいぶん増えてきたように思う。
ユニクロや楽天が英語を公用語にするという発表をして、
その後もそういう企業が増えてきていることや、
様々な自動車メーカーが中国やインドやそのほかの東南アジアのマーケットに
参入しようとしているといったニュースである。

つい先日、NHKの「沸騰アジア」というシリーズものの番組をやっていて、
それのタイ篇とサウジアラビア篇をみたら、
もうひしひしと日本が終わっているということが伝わってきた。

日本国民よりも彼らのほうが有能であるというわけではなく、
成長や向上に対する健全な欲望がとても爽やかに放出されていると思った。
国家レベルでやることはたくさんあって、
だから仕事があって、それを請け負える健康な身体があって、
欲しいものがたくさんあって、
働いてお金を稼いでそれを手に入れることが肯定される世界。
爽やかな欲望の発露というのはみていて気持ちがいい。

日本もかつてはそういう時代があって、
単にいまはそういう時代ではないということである。
少年は生きている限りいつかは中年になる。

日本が辿る道筋は再び若返るか、老人となって粛々と生きるかである。
終わっているからといって、国民全員が飢えに苦しむような北朝鮮みたいな
状態にはならない。
ただ、ヨーロッパのドイツやフランスほどは知名度がない国程度まで
国家としてのプレゼンスが下がるだけだと思う。

トップ20にぎりぎり入るか入らないか、
その程度の経済規模なら維持できるかもしれない。
それが老いて行く方を選んだ場合で、
若返る方を選んだ場合は早くて15年後ぐらいに、
世界のトップ3と伍していく程度にもちなおしていられるのではないかと、
淡い期待をしている。

いまノシてきている国はどこも深刻な危機を乗り越えてきている。
中国は社会主義の暴風雨にさらされたのは周知のことだし、
韓国もアジア通貨危機にともなう未曾有の経済危機に直面した。
タイはやはりアジア通貨危機で被害を受けたし、
度重なる政変やクーデターはいまも完全になくなったとは言えない状況にある。
そうやって危機に直面し、腐った部分を切り落とし、
受けた傷が癒えるまでに15年ぐらいかかっているだろう。
かの国らはいまが収穫の時期なのである。

日本は悪習と非合理性と老害という名の贅肉でぷかぷか浮かんでいるに過ぎない。
自分の力では泳げていない。
だから少し高い波が来ると、
水が入ってあっぷっぷとなる。

一度、水の下に潜ろう。
そして腐った贅肉を捨てて、自分で泳げる筋力をつけよう。
たとえ浮上に10年、20年かかろうとも、
オレだったらそうするね。

お葬式の機能

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昨日、今日と立て続けにお葬式だった。
いや、正確に言うと「お別れの会」だった。

普通のお葬式は、皆が黒いスーツに、黒いネクタイの喪服でやってきて、
受付で芳名録に名前を書いて、
「この度はご愁傷さまでした」といいながらお香典を出し、
それから列に並んでお焼香の順番を待つ。
自分の番がきたら、喪主や親族の方々に会釈をして、
それから亡くなった方の遺影か遺体かその両方に会釈をしてから、
お焼香をする。
それからお清め所に通されて、料理をいただいてその場を後にする。

一方で「お別れの会」では、それとはだいぶ趣きが異なる。
お別れの会では上に書いたようなことをほとんど何もしないし、
喪服も着ないし、お香典も持っていかない。
ただ一輪の花を渡されて献花する。
遺体と遺影の前にその花を供えて、
次の間に通されて、そこで立食形式の料理をいただいく。
食事をいただく前に、遺族と話してもよいし、
手短に済ませて立ち去るのも自由だ。

「お別れの会」は、本当にそれだけの恐ろしくシンプルなお葬式だった。
お香典も出さずにこんなにご馳走をいただいてしまってよいのだろうか、と
思ったが、ほとんど遠慮せずにいただいてしまった。

遠慮しなかったのは用意された料理が招かれた人の数に対して多すぎると思ったからで、
遺族が我々をもてなそうとして用意してくれたそれらが
無駄になるのは申し訳ないと思ったからだ。
食べながら、普通にやる葬儀と比べて、遺族の負担する金額は
どのぐらい違うのだろうかと考えた。
僕の父はガス屋の仕事をしている傍らで、
一時期だが葬儀屋も経営していたことがあり、
葬儀屋の裏側のカラクリがぼんやりとだが知っているので、
具体的な根拠はないが、それほど変わらないような気がした。

この「お別れの会」という形式はあまりにあっけなさすぎると思うし、
印象に残ったのはどちらかというと献花よりも料理のほうだったのだが、
でも、この方向性は悪くないと思った。
前の記事で書いた、「新しいフォーマット」はすでに芽吹いていると
いうことなのかもしれない。

念仏も戒名も僕らの心には届かない。
ご愁傷さまでしたという言葉は定型化し過ぎてしまって、
どんなにそれらしく声に出してみたところで虚しい。
お焼香によって体現しているであろう何かしらの精神性がわかっていないし、
例え書物などで読んでその意味を知ったとしても、
それを身体のレベルで理解していなければやはり虚しいだけだ。

誰かが亡くなって、その直後に行われる儀式として、
宗教への信仰を持っていない人々にとってふさわしいものはどういうものか。
誰かが亡くなったあとにとる行動として経済的な合理性があったり、
遺族の悲しみがすこしでもやわらぐような行動は何か。

お香典は相互扶助の意味合いにおいて非常に有効な手段であると思う。
誰かをなくすことで生じる経済的な損失を埋めてくれる。
それは遺族以外の人にとっての保険の掛け金であり、
遺族にとっては保険金である。
社会全体で、お香典を差し出す行動様式があれば、
自分がいつか遺族の番になったときに、
同じように経済的な支援を受けられるという意味で
保険である。

現代の問題は、掛け金がきちんと保険金として支払われないことだと思う。
お香典をだしても、それはたいしてうまくはない食事代と、
別に欲しくもない香典返しの品物代となって、
業者の懐に入ってしまい、
遺族の懐に入る頃にはだいぶ目減りしてしまっている。

そのことにみんな薄々気付いているのではないかと思う。
しかし、お葬式とはこういうものだし、
それを批判することは道徳的に忌避すべきとみなされているので、
声に出せないし、それが刷り込まれているから
無意識的にそのような着想が意識にのぼらないよう
抑制されているのだろう。

半分をドブに捨てさせることで、もう半分をもらう、というやりかたを、
僕は是としないし、それならいっそ保険金の受け取りは拒否して、
お葬式のもうひとつの機能である、その人が死んだことを
知らしめるという機能に徹したほうがましだ、と思ってしまう。

「お別れの会」の背後にある意図を僕はそんな風にとらえた。

それはこれからの時代にリアリティのあるひとつのフォーマットであると思う。

しかし、相互扶助の機能を完全になくしてしまっていいのかは
よくわからないし、
もっと効果的な方法を生み出せるのなら、
相互扶助の機能は残したほうがいいと思う。

僕は敢えて、保険の例えを出して、
お葬式を功利的に表現したけれども、
お葬式の根底には遺族の悲しみがあり、
そして、その人達を見守る周りの人々の善意があると信じている。

遺族が悲しみにくれるのと同じぐらい必然的に、
そのまわりの人々はその遺族を支えたい、力になりたいと思うはずだ。
その、周りの人たちの善意の気持ちの向かう先を作る上でも、
相互扶助という機能は持たせたほうがよいと思うのである。

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