The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2010年8月アーカイブ

うつろい

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まだ暑いけれど、確実に日は短くなっているし、
夏を謳歌していた植物や昆虫もその寿命を全うしようとしている。

お盆が明けてからこっちは、
心情的に思いっきりペースダウンしている。
緊張感と危機感で心身共にぎりぎりの状態をやめて、
流れに身を任せるようなイメージで。
ボールが来たら打つ、みたいな。

仕事上で直面する出来事ではほとんど新しいことというのはなくなって、
大抵のことに対して、こういう場合はこうすればいいというプロトコルが
確立してきたので、常に身構えてなくても対応できる。

それに、自分以外の社員たちも同じで、
社長が変わって業務分担が変ったのだけど
その変化に慣れたのだろうと思う。

業務が問題なく回るようになるまでに
一年かかると見込んでいたから、よいペースだと思う。
今は、自分がどこまで手をひいても大丈夫かということを
確かめる実験の時期だったりもする。

もともとのプランでは最初の一年で会社の業務を父がいなくても
やっていけるような状態にもっていき、
次の一年で自分と自分の家族がフルタイムで会社の仕事に携わらなくても
安定して運営される状態にするというものだった。

もうすでに、自分がフルタイムで働かなくても
会社が運営される状態にするための方策を考えられる様な
余裕が生まれてきつつある。
あまり実感はわかないのだけど、
前進しているのだと思う。

自分や他人がどんな仕事をしているのかというのを、
とにかくあかるみに出していかないといけない。
そうしないと、自分や誰かが突然いなくなったら
業務はどうなってしまうのだろうか?と考えた時に
ただ漠然と不安になることしかできない。

やっている仕事を明確化すれば、
それをどうやって代替するかという具体的な問いをたてることができ、
漠然とした不安を消していくことができる。
そうして、業務を明確してそれを遂行するための手段を考えていくことで、
会社の属人性を低くしてゆくことができる。

そうやって、違うフェーズに入って行っているのだと思う。
でも全然実感がなくて、
本当にフェーズを移行しちゃっていいのかっていう不安もある。
ボス倒してダンジョンから出られるようになったけど、
洞窟の宝箱全部あけたっけ?みたいな。

ともかく、はやく涼しくなるといいなって、思う。

盆と彼岸の間

| | コメント(1)

先日書いた「新盆」という記事には茂木さんがtwitterで呟いてくれたおかげで
11件もコメントをいただいた。
アクセス数をみても台風並の瞬間最大風速で、
たくさんの人によんでもらえたのが嬉しかった。

いただいたコメントのほとんどが僕と同じく大切な人を失ったひとたちからで、
しかもその方たちが吐露するように書いてくださったコメントが
どれも美しかった。
それらのコメントを読んで、癒された。
同じような思いの人たちがいるというのが、
なんだかありがたかった。

コメントをくださった方達はそれぞれ境遇も失った人との関係も
亡くなった理由も時期も同じではないけれど、
その死者を思う気持ちは驚くほど似通っているように思われた。

お盆のあのとき、死者を思う気持ちというのを初めて経験していた。
それはすごく私秘的で、誰かと共有できるとは思っていなかった。
だからこそ、コメントを読んで、その言葉の端々から自分の感じているものと
似たもの感じられたので、驚いた。
大切な人を喪ったあとの感情というのは、
自分で思っていた以上に普遍的なものなのかもしれない。

あの記事ではその感情を「悲しいでは到底表しきれないほど複雑な感情」と
書いたけれど、悲しいの他のもうひとつの成分がわかった。
それは怒りだった。
怒りの対象は絶えず揺らぎ続けていて、
死んだ本人に向かい、自分に向かい家族に向かい、
この国全体に向かう。
怒りはやがて行き場をなくして、諦観に変わる。
仕方がなかったんだと。
そしてまた何かの拍子で怒りが生まれる。
怒りと諦観の堂々巡り。

死者を弔うのははじめてで、どうすればよいのかよくわからなかった。
正直、葬式も49日の法要も自分にはしっくりこなかった。

たくさんの弔問客に来ていただいて、それは本当にありがたいことなにだが、
弔問客がすべてお焼香を挙げ終わる間、ずっと自動機械のように
何度も何度も何度もお辞儀をしなければならなかったし、
坊さんが唱えているお経の意味はさっぱりわからなかった。
弔問客がちゃんとお清め所で食事を食べられているか気がかりだったし、
香典返し品をきちんと渡せているか気がかりだった。
次の日の告別式の段取りもつめなければならなくて、気が気ではなかった。

お焼香が終わって、お坊さんと向かい合って食事を取っているときの違和感も
かなりのものだった。
父も自分も母も妹も一度も面識のない知らないお寺のお坊さんに
お経を読んで貰って、「きっと安らかに眠っておられます」とかいわれても、
それはなんの弔いにも慰めにもならないのではないか。
すくなくともそれは自分にとっては弔いでも慰めでもなかった。

改めて日本というシステムが耐用年数を切らしているのだと痛感した。
僕があのお葬式で感じた違和感や戸惑いは、
「一般常識がない」と切り捨てるのは簡単だ。
けれど、そういう人間を作ってしまった時点で日本の文化とか伝統を営むシステムは
きちんとしなくなっているということだ。

それを一番最初に感じたのは結婚式のときだった。
婚礼に関する結納などの様々なしきたりとされているものが
ことごとくピンとこなかった。
結婚式のガイド的な本をみながら、
まったく普遍性や必然性を感じられなかった。
テーブルの配置だとか式の進行の手順だとか。

それからもう、結婚式に関するひとつひとつのことを考えて考えた。
これはお披露目であり、おもてなしであり、自己満足なのだと
半ば開き直っていろいろなことをきめた。
料理のメニューやかける音楽、
テーブルクロスや花の色、
余興の人選、衣装などなど。
なぜそうするのか、必然性や意味をできる限り
自分で納得できるものにしようと努めた。

終わってみれば月並みな式だったようにも思えるが、
ひとつひとつの所作を自分で考え抜いて納得できたので、満足している。

そういうひとつひとつの所作を納得してやるということが、
父の葬儀の時にはできなかった。
ひとつはとてもそんなことを考える時間的な余裕がなかったのもあるが、
決定的なのは、結婚式が基本的に結婚する本人たちのためにやるのに対し、
葬式は残された人々全員のためにやるのだということである。

オレ自信が、坊さん呼んで、お経を唱えてもらって、
お焼香してくれる人々に何度も何度も頭を下げるという葬式に
何のリアリティも感じられないからと言って、
全然違うやり方の葬儀にしてしまったら、
今度は父と同世代の人々が戸惑うに違いなく、
こんどは彼等がそのような葬儀に弔いのリアリティを感じられなくなる。
だから結婚式のように本人たちの嗜好に寄り添うことはできず、
最大公約数的なやりかたになる。

そういう上の世代がいずれいなくなったときに、
そういう旧来のやり方にリアリティを感じられない僕らは
どういうやり方でやったらいいんだろうか?

僕はそろそろ新しいフォーマットを生み出す時期なのではないかと思っている。

そんなことを考えていたので、
お盆のあの時期はひねくれていたのだ。
お盆->死者の弔い ->墓参り
そういう発想が納得いかなくて、
お盆に死者が帰ってくるという信仰も受け入れる気にはならなかった。

そういうひねくれものには、あの日のあの出来事は決定的であった。
新しいフォーマットはおいおい考えてゆくとして、
この感情に寄り添っていればひとまずよいのだと。



iPhone4になった

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カテゴリ:

iPhoneが、3Gから4になりました。

3Gののろさに比べると、かなり早くなったので、
変えて正解だったと思います。

それからiPadも買いました。
すっごいAppleに貢ぎようだ。

iPhone4は最初、保護フィルムをつけていた。
元来、そういうものをべたべたつけるのはすきではないのだが、
iPhone3Gのときに鍵とiPhoneをポケットの中に一緒に入れていたら
簡単に画面に深い傷がついてしまって、
それで保護フィルムをつけるようになった。
ところが友人にiPhone4の画面はカッターで切りつけても傷がつかないんだよ、
という話を聞いて驚いた。
恐る恐る試して見たら本当に傷がつかなかった。
傷がつかないというか、文字どおり刃が立たない。
カッターの刃が画面をツルツル滑ってしまって、傷をつけられない。

それを知って、保護フィルムは捨ててしまった。
そうして正解だった。
フィルムをはがすと、iPhone4本来の画面の美しさがよくわかる。
解像度の違いを数値で言われてもピンとこないけれど、
見ればその質の違いはよくわかる。
例えば、twitterのアカウントの画像がよく見える。
iPhoneの画面だと、顔写真は小さいわけだが、
それでも、普段から見なれてはいたけど何を表しているのかはわからない
顔写真の人が何人もいて、
iPhone4で画像をみたらその画像の意味がわかった人というのが
何人もいたのだから。

ところで、いまはiPadからこのブログを書いています。
やっぱり打ちづらいというのはあるけれど、
総合的に見れば楽ちんである。
もうMacBook Proは持ち歩くことはなくなるかも。

昨日はiPadを買ったら実行しようと思っていたことを実行した。
その1。ホリエモンの拝金を買って読んだ。
電子版と紙版の両方が出ているのは知っていたけど、
電子板はiPad専用だと勘違いしていた。
買ってみてわかったのだけど実はiPhone用だった。

それでもiPadでは拡大して読めるので、
iphoneで読むよりは読みやすかったと思う。
今日は、村上龍の「歌うクジラ」を買った。
拝金は二時間で読めたけど、
こちらはそう簡単には読めないと思うので何日かかけて
ゆっくり読むつもり。
愛と幻想のファシズム、五分後の世界、ヒュウガウィルス、半島を出よ、に続く
長編のクーデター小説のよう。
僕は村上龍のクーデター小説が大好きなので、
ちょっと楽しみだ。

新盆

| | コメント(11)

自分の中で、今年のお盆というのは13日, 14日, 15日の
3日間だということにしている。
本当は13日と14日だけなのかもしれないし、
あるいはもっと長いのかもしれないけれど、
自分の仕事の忙しさとの兼ね合いで、
金・土・日の3日間を今年のお盆だということにしている。

このお盆という期間が正直、疎ましかった。
世間ではこのお盆にあわせて休みをとる人が多く、
1年で一番、「夏休み」という雰囲気が街に溢れる期間で、
そんな緩みきった休日モードの中で
普段と変わらず仕事をしなければならないというのは、
正直癪に触った。

それに、小さい頃からお盆というのは嫌いな時期だった。
この時期になると、友達はみんなどこかに行ってしまって、
オレは退屈でしかたなかったからだ。

いまのいままで、お盆というのは一年で一番退屈な時期という
認識しかしていなかった。
「新盆」という言葉を聞いたときに、
お盆というのは死者が一時的に帰ってくる時間なのだと知った。

「新盆」という言葉をオレは知らなくて、
ある人が亡くなってから初めて迎えるお盆をそう呼ぶのだそうだ。
「呼ぶのだそうだ」とか言って、このことを知らないことは
27歳の大人としてあるまじき常識の欠如を表明しているような気がするけれど、
「お盆」という行事に対するスタンスはいまもそんな感じである。
「十一月十一日って電池の日なんだって!」「へえ」
みたいな。

オレがお盆に関して無知でも、
お盆には死者が帰ってくるって聞いたってまったくピンとこなくても、
実家はお盆モードになった。
仏壇は葬儀屋さんの手によって飾り付けられ、
この3日間で何人もの人が実家を訪れてくれた。
訪れた人たちはみな
線香をあげて、手をあわせてくれて、
家にいた母と長くはない会話を交わして帰っていったのだろう。
仏壇の周りにはたくさんお供え物が並んでいた。
普段はない白い提灯が軒先に吊ってあって、
お盆を迎える家はそういう風に提灯を吊るのだそうだ。

オレの父親は次男で、しかも長男の家とは仲がよくなかったから、
お盆にこういう光景を見たことがなかった。
日本人として恥ずかしいことかもしれないが、
お盆に死者を弔うというのはこういうことか、と
生まれて初めて思うことができた。

それまで「退屈」としか思わなかった「お盆」という行事に
突然、「死者の弔い」という意味が与えられて
正直、それまでのお盆のイメージとどう折り合いをつければいいのか
わからなかった。

もちろん、父親の死は悲しい。
悲しいという言葉では到底表わしきれないほど複雑な感情があり、
「死者を弔う」気持ちというのはもちろんある。
けれども、いままで疎ましく思っていたものに、
降って湧いたように、取って付けたように、そんな意味を付与されても、
戸惑わずにはいられなかった。

自分にとってまだ、お盆というのは疎ましいものであって、
死者を弔うための行事ではない。
だから、いまだに線香もあげていないし、
手をあわせてもいない。
罰当たりだとか、親不孝者だとか言われようと、
慣習だからという理由で実感のともなわない行為はしたくない。

そんなだから、そのあとで起こった出来事は不意打ちだった。
実家から自分の家に引き上げて、
お腹が空いたので再びでかけて、
近所のファミリーレストランに行った。
ひとりでご飯を食べながら、
死んだ親父のことが思い出された。
今日見た仏壇の光景も浮かんだ。

それでふと、こんな風にtweetした。

お盆。うらぼんえ。親父の新盆。親父は帰って来たんだろうか?

それは答えの出ている自問自答だった。
親父は帰ってきてなんかない。
死んでからまだ半年しか経ってない。
帰ってくるとしたら10年後ぐらいなんじゃないか。
そんな風に思っていた。

だから、そのtweetのあとで、こんな風につぶやくつもりだった。

きっと帰ってきていないだろう。だからオレは線香をあげないし、手を合わせたりもしない。

実際には上記の意味合いのようなことをつぶやこうと思っていたのであって、
どんな言葉使いでどんなセンテンスになるのかはまだ決めていなかった。
それを考えていた矢先に、間髪入れずに入った茂木さんからのtweetで
不意打ちを食らった。

君がそう想った瞬間に帰ってきたよ。@melonsode お盆。うらぼんえ。親父の新盆。親父は帰って来たんだろうか。

そのtweetをみた途端に、頭のなかの水門がいくつも開いて、
100種類ぐらいの感情が滝のように心に流れこんできたのだった。

「なんで死んじまったんだ、なんで死んじまったんだ」と
返事のない問を繰り返したお葬式の当時に、心がタイムスリップしたみたいだった、
そうして濃密なこの6ヶ月間の出来事のフラッシュバック。

親父はそうか、帰ってきているのか。
そうなのかも知れない。
だったら声ぐらいかけろよ!どこに隠れているんだよ!
親父が死んでからあったことを、全部ぶつけてやりたかった。
それで、なんでもいいから、親父に何か言って欲しかった。
できることなら、「よくやった」って、言ってほしい・・・。

ファミレスで涙を流す変な客になってしまった。

線香を上げるのも、手を合わせるのも、
チーンと鐘を鳴らすのも、
やはりリアリティを感じられない。
でも、この時期に死者が帰ってくるということは、
信じてみてもいいと思った。

お疲れサマー

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この間の日曜日に息子が熱を出して、嫁と3人で慌てて診療所に駆け込んで、
問題なしってことでほっとしたのもつかの間、
夕方にオレが腹を下し、
続いて嫁が腹を下した。

オレは便をだして30分ぐらい休んだら収まったのだが、
嫁は強い吐き気を訴え、実際に吐き、
息も絶え絶えな状態で朝を迎えた。

月曜日に一旦会社に行き、戻ってきてから
息子を一時保育に預けに行って、
あとはうちのハハに看病してもらった。
嫁は月曜日は一日中辛そうにしていた。
しかし、病院に行ったら疲れによる夏風邪と診断されて、
その次の日の火曜日の夜には回復した。

嫁が良くなったと思ったら今度は息子の尿か便が赤くなって
血が混じっているようだったので、
また次に日に嫁が病院に連れていった。
最初の尿検査では尿にタンパク質が混じっていると指摘されたのだけど、
2度目では異常なしと診断され、
暑さやら、初めて一時保育に預けられたストレスやらで
一時的にそうなったんでしょう、ということになった。(らしい)

その間も大事な仕事などあり、慌ただしい一週間であった。

自分としては、毎年夏というものはこれぐらい暑いし、
暑いからってそれは仕事をしない言い訳にはならないと
暑さのことは無視して仕事をしていたのだけど、
それでもやはり、暑さは自分や家族の体力を奪っていたんだと思う。

実際、うちの会社は6月、7月と例年になく忙しくて、
それはおそらく気象の厳しさに影響している。
6月は梅雨で雨でジトジトだったり急に暑くなったりしたし、
7月の急激な暑さは周知の通り。
そのせいで体調を崩すひとが増えて、うちの会社の業務も忙しくなったのだろうと
推測される。

そんなわけで、みなさまもご自愛ください。

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