The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2010年3月アーカイブ

持たざるものの自由

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最近は日記が”世界系”で困る。

でもついついそういうことを考えてしまう。
何かから「抜け出し」たり、「突き抜け」たりするイメージは、
強烈に何かしらの行動を駆り立てる。
走り出したって、適切な揚力を発生させられなければ、
やがて壁に激突して目を回すのだから、
それまでは旋回を繰り返す。

それにしても(やっぱり世界系になってしまうのだけど)
ひとつの時代が終わろうとしているのが強く感じられる。
いまのこの時代の秩序は団塊の世代が作ったといってまず間違いなくて、
その秩序が加速度的に崩壊していっている。

秩序の崩壊は耐用年数が切れているからというよりは、
その秩序の担い手がドロップアウトしていっているからだ。
耐用年数はおそらく20年ぐらい前に切れていた。
耐用年数が切れていたにも関わらず、
ここまで続いてきたのはやっぱり担い手の団塊の世代の人たちが
がんばったからだと思う。
(それが良いか悪いかは別にして)

それでもそういう人たちが、定年退職で社会的にいなくなったり、
オレの親父のように生物学的にいなくなることで、
無理やり押さえつけることで保っていた秩序は
一気に瓦解に向かっている。

ぎちぎちに引き絞ったワイヤーがぶちん!ぶちん!と外れていく音がしている。

そうやって瓦解した秩序のあとに残るのは絶望ではなくて自由だと思う。
戦後の焼け野原がどんなだったかはわからないけれど、
家も食い物もなんにもない代わりに、
とてつもなく自由だったのではないかと思う。
それは何かにぶら下がって生きている人にとってはこの上なく不都合だけど、
すこしでも野心と才覚のあるやつだったら
最高に楽しい挑戦の場だったはずだ。

この国の、現状で唾棄すべき点は何かアイディアがあっても、
どうせどっか大手がやってるんだろうな、とか、
きっと法律で規制されているんだろうな、とか、考えて
諦めさせてしまう空気である。

持てる者に義務があるように、
持たざる物には自由がある。

こちら側へようこそ

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少しは落ち着いて来たと思う。
仕事量としては一ヶ月前と今とでそれほど変わらないのだけど、
会社のことを把握してきたので、
覚えたり考えたりする量が減った分、
わずかながら余裕がでてきたのかもしれない。
それに、体の方も重いものを動かすのに必要な筋力がついてきたようで、
毎朝の筋肉痛も減ってきた。

医療ガス屋にとって、冬は1年で一番忙しい時期で、
さらに年度末の3月は官公庁の入札の仕事も重なって
その忙しさにさらに拍車がかかる。
この時期が過ぎれば、もう少し余裕ができるかもしれない。

会社に入って"こちら側"から社会を眺めると、
これまでとはまた違った世界の様相をみることができる。
それが、正直、面白い。
会社を継承するということは、取引のあるお客さんに対する責任と
働いてくれている従業員の人たちの生活を守るという重責を
背負うことで、会社の運営は真摯に考えなくてはいけないことだ。
だから、もしかしたらそう表現することは不謹慎なことなのかもしれないけれど、
でもいままで住んできて知っているつもりだった世界の
気付かなかったor真面目には考えなかった側面が見えて、
面白いと思った。

我ら研究者にとっては何かを「知ること」は
すなわちリワード(報酬)であり、
ホラス・ウォルポールの言うように、
「考える者にとって世界は喜劇」なのである。

どちらかというと、自分はいままで「きれいごと」の世界にいたんだな
ということを改めて思った。
そして"きれいごと"だけでは成立し得ない世界があることをつきつけられている。
"きれいごと"の言える世界できれいごとを言うのは簡単だ。
それは何も作ったことのない人間が
簡単に映画や芸術作品にケチを付ける感覚に似ている。
そして、どんなにちんけな作品でも何かを創造することが大変なように、
"きれいごと"の言えない世界で"きれいごと"を現実にするための行動も
やはりとても難しい。

そんな状態であっても、会社というのは大きな力を持っている。
小さいし、従業員数も1桁あれば足りる会社だけれど、
それでも年商は1億を超えている。
世界に対して影響を与える力は
いままでの自分から考えれば非常に大きいものだし、
27歳の若造が持つ力としても分不相応に大きい。
それでも、少しでも野心のある奴ならば、
その力をどう振るってやろうかと、
武者震いしてもおかしくはないだろう。

この世界の当事者になる。
いままでもそのつもりではあったのだけど。

てこまい募集

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明日(3/20)に、引越し作業をするので、
絶賛、人手を募集します。

東急池上線荏原中延駅に午前10時に集合してください。

集え!マイフレンズ!

寝る直前の束の間に

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二月と三月って日付と曜日がまったく一緒なんだ、
ということにはじめて気付いた。

一ヶ月前の今日も日曜日だった。
あの日曜日から劇的に変わった。
悲しみに暮れる暇もなく。
親父の遺影の前で線香をあげる時間だってなくて、
その前をただ通り過ぎるだけ。

朝8時に会社に行って、帰りは夜の9時ごろ。
それが月曜日から土曜日まで毎日で、
かろうじて日曜日に休息が取れる。
でもその日曜日も、引っ越しの準備や
四十九日の打ち合わせ・来客・その他で慌ただしくすぎていく。

夜はびっくりするほど深く眠れる。
そして毎朝筋肉痛とともに起き上がる。

現場の配送も、社長としての来客の対応も、
コンプライアンスに関する書類の準備も、
新たな注文や見積もりの依頼の対応も、
工事の監督作業も他社との打ち合わせも、
会社の業務のあらゆることが降りかかってくる。
課題・問題は山積みである。

二年ぐらいで研究に復帰できたらいいなと思っていたけれど、
やっぱりもうあちらには戻れないかもしれない。

それでも、単に親父の跡を継ぐつもりはないし、
死ぬまでガス屋としてやっていくつもりはない。
だったらこの会社を自分のすきなことができる会社にするまでだ。

海外の人にとって日本の企業といったら
トヨタやソニーが浮かぶだろうけど、
どうせだったらそういう会社にしよう。
国際的な存在感のある会社に。

そうして、
急速に崩壊していくこの国の閉塞感を
打破するような仕事をしよう。

でもガス屋をやっていたら到底そんなことはできないから、
じゃあどんな方向に行けばいいのかと考えていた。
儲かる儲からないではなくて、
今のこの国を一歩前進させるクリティカルな次の一手は何か?

数学では3次元の問題を一度N次元の問題として一般化することで
解がもとまるということがある。
N次元の問題を解けば、そのうちの一つの例である3次元の問題は
演繹的に求められるというわけだ。
この国を変えるという問題を、
この世界を変えるという問題に一般化してみるといいのかもしれない。

この国は成長はしたのに成熟はしていない。
経済規模が大きくなったのに、
生産性は30年前と大して変わってなくて、
その効率の悪さを過剰な労働でカバーしている。
この国では下手に働くと、
その非効率さにより労働コストの低いよその国に簡単に負けてしまう。
下手に働いてはいけないのだ。
いま1時間かかってる仕事を10分ぐらいでできるようにならないと
この国には未来がないだろう。

なんとなくコンセプトはできてきて、
これからのこの世界にとって必要なのは
物理的な制約を超えること。
空間的・時間的な制約はITとネット興隆のいまにこそ際だって感じられる。

ITとネットを使えばもっとそういう制約は超えられるはずだ。
もっともっと技術を発達させてインフラを整備することで、
パーコレーション転移のような決定的な変化が人類に起こるはずである。
印鑑証明を取得しに越谷から品川まで往復で3時間もかけたりしてはいけない。
確定申告の書類を出すのにじりじりと列に並んで順番がまわってくるのを
待ったりしてはいけない。
そんな迂遠なことをしていてはいけない。

・・・・そんな妄想を、寝る直前の束の間に
まぶたの裏に描いてみる。

死者との対話

| | コメント(1)

親父が死んで、会社を継ぐことにした。

急速に品川や自由意志や論文や茂木研が遠ざかって、
越谷と車とタバコの煙とボンベのぶつかり合う音を突きつけられる。

社長室にあるいろいろな書類をひっくり返しては、
親父がこれまでどんな仕事をしてきたのか、
誰とどんなやりとりをしてきたのかを探り、
会社の人たちにあれこれと仕事を教わる。
一日に数人は訪れるお客さんとの会話から
進行中だった仕事の断片を聞く。

書類をひっくり返しても、人から話を聞いても、
至る所に親父が生きていた痕跡が残っている。
壁にべたべたと書類や写真を貼る人だったし、
こまめに議事録や契約書類をファイルにとじる人だった。
問いかければ答えるように、
まるで肉声と体温が残っているかのように、
そこで仕事をしていた痕跡が依然として残っている。

まるで親父と対話をしているようだと思うことが何度もあるし、
「なんで死んじまったんだ」と思わず声が漏れてしまう。

親父の仕事は自分の仕事ではないと思っていた。
だけど、親父と一緒に仕事をするのは好きだった。
こんな風に仕事をすることになるんだったら、
親父と一緒にやったらもっと楽しいのにと何度も思う。
でも、オレがこの仕事をしているのは
親父がいなくなったからで、結局はそうなるしかないのだ。

半年前に結婚式をやって、先々月に子供が生まれて、
と思ったら親父が逝ってしまった。
めまぐるしい1年だ。
あとやってない冠婚葬祭行事はなに。

根拠のない自信といわれのない不安が一日の間に何度も入れ替わる。
この窮地を好機として、
せいぜい人生の経験値を稼ぐとしよう。

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