The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2010年1月アーカイブ

再会

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土日を利用して、嫁の実家に来た。
約二週間ぶりに息子と対面。

生まれたばかりのときは目を開いている時間が1日のうちの
2%ぐらいだったけれども、
今日会ってみたら20%ぐらいになっていた。

目を開けているといろんなものを見せたくなるのだけど、
本人はひたすらポカーンとしていることが多い。

「なにここ?なにこれ?この見えてるのは何?」

そんな声が聞こえてきそうな顔をしている。

よく、「うまれたばかりの赤ちゃんの視力は0.1」とか言うけれど、
それはなんとなく違うような気がする。
鼻先までこちらの顔を近づけても反応がないのは確かだけれど、
もしかしたら視界自体は僕らと同じようにクリアなのかもしれない。
問題はまったくobject recognition(物体認知)が出来ていないという
ことだと思う。

彼にとってはいろんな場所にいろいろな色のクオリアが貼り付いたものを
見ているのだけど、
そのなかに顔や天井や服などのものの輪郭を抽出して、
その同一性を認識できていないのだろう。
だからたくさんの絵の具をぶちまけたキャンバスと区別のない何かを
彼はみているのではないか。

今回抱っこしながら体を揺らしたりしていたら、
体の揺れに反応して、眼球が動くのを発見した。
たぶん、生後すぐはできていなかったと思う。

体が右から左に動くと、その動きによる視界の変化を補うかのように
目線は左から右へ動く。
たぶん、gaze(注視)はもうできているのだと思う。
見ているものが何かわからないのに、gazeはできるってどういうことなんだろう。

なんとなくだけど、そのgazeは前庭系(vestibular system)によって
制御されているのではないかと思われる。
三半規管を通じて体の傾きや加速度の情報が前庭に入り、
そこからダイレクトに上丘に伝わり視線の制御をしているのでは
ないかという気がする。

いろんな方向にゆすってはあれこれ試してみたんだけど、
驚くほど正確に眼球の動きはそれに追従した。
てことは回転や傾きや加速度の体性感覚情報と眼球運動のカップリングは
すでにできてるってことになるのだろうか。

sensoryとmotorのカップリングとcross modalな感覚統合だと、
sensory-motor couplingの方が早いのかもしれない。

全然目が見えてないから当然なのだけど、
手を振り回して何かにぶつかったときのその物体の位置と、
視覚的に見えているその物体の映像は
彼の中では微塵も関連しているようにはみえない。
音が鳴る方向と視覚的・体性感覚的空間位置の関係もまったく
できあがってはいないだろう。

そういうcontingencyをいつ彼は学習するのか、楽しみである。

寝てるときに大きな音がすると手と足がビクンと伸びる姿がかわゆい。

街に差し色を

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最近、変な格好をしている。
ダウンジャケットがきみどり色で、
帽子が薄紫っていう、
もしかしたらちょっとあり得ない感じの色の組み合わせ。

きみどり色のダウンジャケット(ユニクロ)は
軽くて防寒性能完璧っていう機能性の高さにより愛用している。
きみどりは若干蛍光色っぽくて、初号機のあの色に近い。

帽子は先日のルスツで衝動買いしたもので、
毛糸でできていて、耳まで覆うような形になっていて、
しかもそこから紐が伸びている。
新潟行きの新幹線の中になくしてきた!と思ったら
長野駅で発見されて、着払いで戻ってきた。
頭を温める心地よさを発見し、以来愛用している。

でもそのきみどりと薄紫の組み合わせは端からみると
どうなんだと気になる。
まあでも、自意識過剰なだけでまわりの人はもっとカラフルだよね
と思って周りをみまわしてみたら、
黒っぽい服ばかりで驚いた。

いままで注意して見なかったけど、
黒のなんと多いことか。
それ以外のも色も、茶色とかグレーとか濃い緑とかで、
総じて彩度の低い色の割合が高い!

こりゃあ目立つなぁと思っていたら、
twitterで似たような発言を発見した。

NaotakaFujii 通勤途中で見る人びとって黒一色。
もっと差し色入れれば東京が明るくなるのにね。

きみどりと薄紫は差し色だと思うことにした。

PRONTOその後

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最近、元気になってきてて、
寒さにもめげず過ごしている。

自分に足りなかったものが得られて、
それと同時にそれが真に欠けていたということに気付かされた去年は
そのことが一番の収穫だった。

最近新しい仕事が走り出していて、
一方で今日は別の仕事の引導を渡された。

その場所にとって自分の果たせる役割はもう終わったということ。
それは寂しいけれど、
自分もその場も変化している証拠。
正しく生きていると言うこと。

1年も経てば自分をとりまく風景なんて大きく様変わりしていて当然で、
その変容を楽しむ気概がオレにはあるから、
だから大丈夫。

ダウンジャケットをミシュランマン呼ばわりされながら、
パリに行きたいとわめいた御茶ノ水であった。

名を授け、名を与えられ

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昨日の嫁からのメールで、無事出生届を提出した由。
晴れて息子に正式な名がついた。

生まれる前から、時折嫁と二人で名前を考えていた。
きっと生まれてからじゃバタバタするだろうから早め早めにと。

出産の数週間前まで男か女かわからなかったので、
男の時の名前と女の時の名前を両方。
だいたいオレが提案する名前は却下されるし、
嫁が提案する名前も自分としてはイマイチという感じで、
しばらく平行線だったけれど、
男の子!とわかった時点でほぼ2つの名前に絞られていた。
片方は男らしくて勇壮な名前で、
もう一つは音の響きと字面が涼やかな名前。
あとは顔を見てから決めようと言ってその先の判断は保留にしておいた。

そして出産の日、新幹線に大慌てで飛び乗った日、
新潟に着いたらすごく良い天気だった。
それまで新潟は豪雪の天気が続いていたのに、
まるであつらえたような良い天気だった。
雲一つない快晴といわけではないのだけど、
その雲もかなり上の方にあって、
空の果てしなさをよく表現していた。

駅から病院に向かう車の中で、
その天気のいい空を見ながら、束の間、急いた気持ちを忘れて
強い全能感を感じた。
それで、名前は男らしい方の名前にしようと思った。
その後、嫁や周りの家族に相談して、やはりその名前に落ち着いた。

子供は生まれてくるときにたくさんの名前を引き連れてくる。
オレには”父”という新たな名がついて、
嫁には”母”という名が、
オレの親や嫁の親には”祖父”や”祖母”という名前がついて、
オレの妹には”叔母”、嫁の弟には”伯父”という名がつく。

だからそのお返しに、君に名を授けよう。

* * *

ところで、まだ子供がお腹の中にいたころ、
オレは子供のことを「たかし」と呼んでいた。
幼名ならぬ、胎名である。

出所は、ラーメンズのコント「たかしと父さん」。

このコントがすごい好きで、
しかもこのコントの中のたかしと父さんの関係がすごくいいなーと思っていたので、
迷わずそう呼んでいた。
そのうち嫁も感化されて「たかし」と呼び出す始末。

こういうダメ父さんになりたいなーと
密かに思っております。
父さんすごくダメだけど、
なんかすごく楽しそうな家庭になりそうじゃないですか。

実は結構本気で「たかし」という名前を付けようと思っていたのだけど、
それはあんまりだという周囲からの声もあり、
結局別の名前になりました。

もうこれからは「たかし」と呼べない。
そのことがちょっと寂しい。
その名前に未練があるわけではなくて、
まるで「たかし」と呼んでいた存在が
消えてなくなってしまったような感覚がするから。

似たような感覚が嫁が妊娠して間もなくの頃にもあった。
妊娠初期のころ、まだ性別がわからなくて、
でもオレは勝手に女の子だと信じていた。

ブランキージェットシティーの”悪い人たち”という歌の中に、

彼の恋人は妊娠中で
お腹の中の赤ちゃんは
きっと可愛い女の子だから!

という一節がある。

その一節を頭の中でリフレインして、
うちの子供もきっと可愛い女の子だから!と
女の子が生まれて成長していくまでのことを何度も夢想した。

でも、それからしばらく経ってから、女の子かもしれないけれど、
男の子かもしれなくて、どちらかはいまのところ全然わからないというのが
わかったときに、急に女の子だと思っていた確信が揺らいだ。
そうしたら、それまでの女の子が生まれたときの想像が
一片に吹き飛んでしまって、強い喪失感を感じた。

まだ存在しないものでも、
それを仮想し、そして消えてしまうと、
存在していたものが消えてしまったときと同じような悲しい気持ちを
抱くことがあるんだということ。
仮想によって、こんなにも切実な想いが生まれることをはじめて知った。

茂木さんが「脳と仮想」という本の中で、
仮想についてあんなに深く思索したわけが分かった気がした。

これまであまり書かなかったけど、
そんな風に子供が生まれる前も、子供にまつわる淡くて繊細な感情が
ほんのりと降る雪のように静かに落ちてきては、
地面に落ちて儚く消えたのであった。

* * *

ところで、子供の名前ですけど、ここでは書きません。

僕はある信念と覚悟を持って、このブログを実名で書いているけれど、
そういった矜恃をいまの子供に持たせるなんてできないので、
彼のプライバシーポリシーが定まるまでは伏せておきます。

脳科学は何を変えるか?

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この本の中の、茂木さんと池上さんの対談がすごくいいので、
ぜひぜひ手にとって見てください。


それと手に取ったら、奥付もチェキしてみてね!

Juiz

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ヒッヒッフーはしなかった

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朝7時に嫁の電話で起こされて、
「陣痛っぽいものが来てるから今から病院に行く」ということを伝えられた。

前日の電話で
「検診の結果、子宮口がすでに数センチ開いており、
予定日の1/27よりは早くなり、出産まであと1週間はかからないだろう」
という話を聞いてはいたが、
それでもやっぱり「まああと数日は余裕がある」と思っていた。

そんなわけでまさに寝耳に水で跳ね起きて、急いで支度をした。
それでもやはり半信半疑で、
またいつもの腹痛じゃないのか?とか、
例え陣痛だとしても初産だと分娩まで12時間かかったとかいう話もあるし、
結構余裕があるんじゃないか?実際予定日はもっと先だったわけだし、
とか考えを巡らせながら身支度をした。

レンタルしていたDVDをTSUTAYAに返却して、
大急ぎで地下鉄に飛び乗って、
新幹線に乗るためにともかく東京駅へ向かった。

東京駅で新幹線の改札を通る直前で立ち止まる。
ここに入ったら「間違いだった」と言われてももう後戻りできない。
しかし、嫁に電話すると、もう入院したとのこと。
それでやっと覚悟ができて新幹線に飛び乗った。

とにかく来た新幹線に乗ってそれから携帯で
最短で行った場合の到着時刻を調べる。
嫁からは「早ければ13時には生まれてしまうらしい」ということを聞かされていて、
そして予想される到着時刻は13時ちょっと前なのであった。
もしかしたら出産の立ち会いにギリギリ間に合わないかもしれない。
長野行きの新幹線を大宮で降りて、
新潟行きの新幹線が来るのを待った。
なかなか来ないのでじれた。

落ち着かない感じで大宮駅のホームをうろうろしていたら、
頭にかぶっていた帽子が無いことに気付いた。
おとといに北海道で買ってきたばかりの帽子がない!
あれ、4000円もしたのにー、とショックをうける。
それで、割と冷静なつもりでいたけれど、
実はあんまり冷静じゃなかったのかも知れないというメタ認知を得た。

大宮から新潟までは打ち切られた睡眠時間の回収を行った。
新潟駅からは嫁の弟さん(つまり義弟、しかし年上)の車で
病院まで運んでもらった。
新潟は数日豪雪が続いたというのに、
今日はとてもよく晴れていた。

病院まであとほんのちょっとのところで赤信号にひっかかり、
そこで降ろしてもらって荷物を持たずに1人病院へ向かった。
その時点で13時4分で、もしかしてもう生まれちゃってる?という予感を
振り切るように走った。
ゼエハアいいながら病室に駆け込むと、果たして嫁はまだ悶絶中であった。
なんとか出産に立ち会えそうでほっとした。

それまでずっと嫁に付き添っていた嫁のお母さんと
付き添い役をバトンタッチして、
嫁と一緒にヒッヒッフーする。

というのは冗談で、実際にはヒッヒッフーはしなかった。
したのはフー、フーという感じだった。
5分置きだった陣痛が、やがて2分おきぐらいになり、破水が確認される。
そのあたりから、陣痛の時に痛みに耐えるという段階から
陣痛の時にいきんで子供を押し出すという段階に入る。
それはそれは強烈な、3週間溜め込んだ便秘を排泄しようとするが如くの
”いきみ”である。

こんなとき、夫というのはほんとに無力で、
汗を拭いたり、頭を撫でたり、暑いというので扇いだりということしかできない。
ガラにもなく、なにやら感動的な気分になってきて、目頭が熱くなる。
泣いたりすると恥ずかしいので、
頭の半分で
「いま嫁の下垂体からはオキシトシンが分泌されているのだなあ」
「胎盤ってどうやって引っ張り出すんだろう?」
「メスはこんなにも子作りにコストがかかるのに別のメカニズムで性比は1:1になってしまうのはかわいそうな気がする」
とかいうことを考えていた。

そんなこんなで、いよいよ助産師さんのかけ声が大きくなり、
産科の先生が呼ばれ、嫁の全身全霊の”いきみ”の後、・・・

ニュポン・・・・(スローモーション風に)

という音が聞こえた気がしたけどたぶん実際にはしてなくて、
嫁の股の間から赤く濡れた赤ん坊が現れた。

あ、あれが、赤ちゃん
オレたちの赤ちゃん?本当?本当だ!
あれが、そうか、そうなのか、
生まれたばかりの赤ん坊で、
オレたちの赤ちゃんなのか!
体が、赤くてヌメヌメしたもので濡れて・・・
血か!あれは血だ!
そして白くにょろんと垂れているひもが、
そうだよ、へその緒だよ。
お母さんと繋がっていたひもだよ。
へそから股の間につながっている。
本当だ!
あ、先生がはさみでへその緒を切るぞ・・・
生まれた!生まれたんだ!赤ちゃんが生まれたんだ!

あの一瞬のうちに思ったことを無理矢理テキスト化してみたら
こんな感じかも知れないが、でも到底表現しきれている気がしない。

先生が取り出した赤ん坊を掲げて見せてくれて、
「写真、撮るかい?撮るなら、はやくはやく!」言う。
それで慌ててデジカメを取り出して
シャッターを切るのだけど動画モードになっていて、
あわてて写真モードにしようとするも手元が狂ってなかなかうまくできないっていう、
ありがちな慌て方をしてしまった。

と、そっから先は書かないけれど、
ほんの微かに目をうるうるさせながら、その一回性の体験に身を委ねた。

これまで無数の人間が体験してきた「はじめて親になったときの気持ち」。
それがどんなものかわからなかったし、
果たして自分もそんな気持ちになるのかどうか疑わしいと思っていたけど、
やっぱり自分も”人の子”だったということだ。
くすぐったくて、身が引き締まるようで、
でも純粋に嬉しい。

がんばって生んでくれた嫁に感謝。
嫁よ!君は良い妊婦であった!

というわけで、本日、息子が生まれました。
みなさまどうぞよろしく。

to Rusuz

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というわけで札幌に来た。
これからバスでルスツに向かう。

昨日は内藤礼さんのトークショーがあったのだけど、
一日中ポスターを作っていたので、
心理的にも時間的にもそんな余裕はなく行けなかった。

内藤礼さんのインスタレーション自体はまだ
鎌倉でやっていると思うので、
時間のあるかたは是非行って欲しい。
いままでとはさらに違ったインスタレーションを体験できる。

そんなわけで北海道である。
先日新潟に行ったときと同じ程度の厚着しかしてこなかったけど、
大丈夫だろうか?

今回のワークショップにはLibet実験で有名なHaggardが来るので、
しばらくまえのハガードのレビュー論文を飛行機の中で読んだ。

現段階で自由意志の問題に認知・神経科学の立場からアプローチする際の
問題点や現状が書かれている。
その内容が、自分の中にある認識とほとんど変わらなかったので驚いた。
日本という島国の片隅でまごまごやっていると思っていたけど、
その認識自体は共有していることがわかってよかった。

もちヌードル

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恥ずかしながら、生まれて初めて分散分析に取り組んでおります。

来週の火曜日に北海道で開催されるワークショップに参加する予定なのだけど、
ポスター発表の申し込みをしてしまったので、
その準備をせねばならん。

しかし、発表の申し込みは見切り発車、
つまり発表するほどの内容があるかどうかわからない状態で
とりあえず申し込みだけしたのだけど、
やっぱやめときゃよかったー、と予想通りの後の祭り。

今年度はまだ1度も発表していないので、
1回ぐらいはどこかで発表しなきゃと思っていたわけだけど、
発表がしょぼくても命まではとられやしないと
開き直ってやるしかないな。

こうゆう過大なプレッシャーがあると、
日常のことがすべておろそかになる。
「そんなことをする時間があればこの仕事をなんとかしなきゃ!」という
脅迫的な思考パターンになるので、
たとえばまともに自炊する気になれない。

そんな中開発したお手軽料理が「もち+カップラーメン」。
うちの母親が先日、カップラーメンを大量に送ってきた。
それも全てミニサイズで、スープ代わりに丁度いいやつ。
んで、嫁の実家に行ったときに「もち」をもらってきたので、
そのもちをカップラーメンに入れて食うという料理(?)を考えついた。

いままでもちって焼くのがめんどくさいと思っていたのだけど、
オーブントースターに入れて4分待てば焼けるということを発見。
お湯を沸かしてオーブントースターのタイマーを回すだけで、
とりあえず腹の虫は収まるのだから楽でよい。

しかも、もちは腹持ちがよいので、
1食ぐらい食べ忘れても平気だったりする。(これには驚いた)
正月があけて、ぐっと不健康な感じなここ数日であります。

あー、ストレスで毛がぬけ(て)るよー

年賀状

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いまさらながら年賀状を作った。
もらったけど送ってない人に送る。

10NYCeggWEB.pdf

年賀状を作るためにゆで卵をゆでた。

正月

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あけましておめでとう。

1月2日から嫁の実家の新潟に来ています。
3週間ぶりに見た嫁のお腹はさらに大きくなってるようななってないような。
モコモコと着ぶくれしてるのでいまいちわかりずらい。

フリースの上にどてらを着ている姿は、
攻殻機動隊の強化外骨格(パワードスーツ)みたいだ!と笑った。


毎晩ごちそうを出してもらって激しく感謝である。
久々に家族と肩を並べて食事をして、生き返った思いがした。

上げ膳下げ膳の二日間も終わり、これから東京に戻る。

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