The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2009年11月アーカイブ

冬支度

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先日の週末にホットカーペットとガスストーブを出した。
そういう冬仕様の暖房器具は12月までは出すまい、と思っていたが、
容赦なく寒い日が続いてその決意はゆらぎ、
嫁に「出してよー」とせがまれては仕方ない。

この間実家に帰ってきたときに、
大学受験の時に買った英文法の参考書をひっぱりだしてきた。
買ったけれども全然使わなかったのできれいなまま。
当時は英文法なんて苦痛以外の何者でもなかったのに、
いまになって読む気になるのだから不思議だ。

英語の文章を読むときに、
いままでは意味を汲み取るので精一杯だったので気にならなかったのだけど、
ある程度スラスラ読めるようになってくると、
「だいたい意味がわかる」という状態がだんだんともどかしくなってきた。

「だいたい」じゃなくてもっときっちりと、日本語の文章を読むみたく
高い精度で理解をしたい!という欲求がでてきて、
それでもう一度文法について学び直す必要性を感じた。

過去完了とか、mayとmightの違いとか、適当に気になった項目を開いては
読んでみるという感じで読んでいる。
そうするといろいろと発見があって面白い。
そうか、あれってそういうことを言っていたのか!とか、
高校生の頃に授業でやった内容がいまさらになってピンと来たりする。

"基礎"は大事だけれど、
一度”応用”を経由しないとそのありがたみ・偉大さは
わからないものだということを
改めて実感する。

バターチキン&ナン

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寒い。寒すぎると思った。

RAとしての数少ない職務をまっとうするため、
朝早くに大岡山へ。

行きの電車の中で、ふっと「humorless as a chicken」という表現を思い出して、
こそっと笑った。
最近読んでいた本に出てきた。
「鶏みたいにユーモアがない」というのは日本語にはない表現だけど、
確かにユーモアがないなあと思う人のことを思い浮かべたら
鶏に似ている気がしてきて、うけてしまった。
そして鶏も確かにユーモアなさそう。

大岡山では学部3年生向けの専攻説明会があって、
ポスター設置の手伝いをした。
Piece of cakeなお手軽Dutyであった。

片付けがはじまるまで待っている間、飲んでいたコーヒーがおいしかった。

雨の中CSLに移動して、
石川と二人でランチを食べた。
カレー。

200911191200000

バタチキン、うまし。ナン、うまし。

最近CSL付近で開拓したインドカレーのお店。
店内は狭いけれども、
カレー屋さんに似つかわしくないゴージャスな内装で、
テーブルが大理石だったりソファもあったりするような空間で、
たぶん絶対以前は金持ち相手のお高いバーかなんかだったんだと思う。

でもそういうバブリーさを
働いているインド人(推定)の人たちの素朴な雰囲気が
うまく中和してくれていてホッとできる空間になってる。
店の外では女の人がカレー弁当を売っていて、500円だった。

CSLで実験データの入力作業をしてから(なかなか進まない!)
バイトへ。
気を揉んでいた作業が一山越えてホッとした。

帰りの電車の中で読んでた本に、
有名な「ラッセルのパラドックス」の話がでてきて、
そのことをつらつら考えているのが楽しかった。

"自分自身を要素として含まない集合"をすべて集めた集合(= ラッセル集合)。

そいつは自分自身を含むか?

含むとしたら「自分自身を含んでいる集合を含んでいる」ことになってしまうので
矛盾。

含まないとしたら「自分自身を要素として含まない集合」を
ひとつ含み損なっていることになって、
矛盾。

久しくそういう頭の働かせ方をしていなかったので、
それは新鮮で楽しかった。

帰ってきてからも、夕飯を作る嫁を尻目に
そのことについて調べるのに耽ってしまった。

夕飯は鮭のムニエルであった。
うまかった。

今日は小さな幸せがいくつもあって、
珍しく安心して眠りにつけそう。

毒にもクスリにも

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今日はCSLのち九段下。

ハプスブルク展行ったり、
代々木公園で友達とワイン飲んだり、
掃除機掛けができなかったり、
保険証の申請をしたり、
ゼミだったり、
麻婆豆腐を作ったりして、
日々過ぎていく。

前よりもずっと、ブログを書く気が起こらなくなってきて、
でも書かないでいると周りが心配しそうなので、
こうして毒にもクスリのもならないことを絞り出すように書いている。

最近は夜にいろいろ本を読んでる。
家に転がっているのだったり、トイレに積んであったのだったり、
書店で買ってきたのだったり、人から勧められたのだったり、
Project Gutenbergからダウンロードしてきたのだったり、いろいろ。

ぱっと適当なところまで読んで、区切りが付いたらなんか作業して、
その集中が途切れたらまた別のを読み始める、みたいな。
ブツ切りで読んだりやめたり、それもその時の気分に応じて、
読む本がコロコロ変わる、節操なし読書。

今日は、いま手伝っているお仕事の関係でこれを読んだ。

英語達人列伝
著:斎藤 兆史

新渡戸稲造や、岡倉天心、幣原喜重郎、鈴木大拙、白洲次郎など、
偉人達が英語をどう学んで、いかにその英語が達者であったかが語られている。
個々人の短い伝記として、読み物として単純に面白い。
それぞれの人たちの人生の面白いこと。

そして、英語学習に関するメッセージは一貫して
「よい英語をたくさん読め」
という実も蓋もないもので、実も蓋もないけれど、
読んでいるとすごい説得力。

彼ら偉人達の英語に向かう激烈な姿勢・読書量に比べたら、
自分は寝言言ってる見たいなもんだなと、
ショックをうける。

アウト

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本郷のち、武蔵境。

(日立製なのでNIRSではなく)光トポのデータをもらってきて、それを解析することになったのだけど、
それって、つまりどういうことになるのだろう?

もうどう解析するかは決まっていて、
その解析するとどういう結果になるかも分かっていて、
その解析が本当にちゃんとできているかを検証する作業をする予定。

で、それが確認できてたら論文にしちゃっていいよって言われているのだけど、
自分で考えた実験パラダイムでも、
自分で実行した実験でも、
自分で解析手段を考えて得られた結果でもないのに、
それを論文にしちゃうのは、
どうみてもアウトな気がする。

なんだか卒業を遠ざけてる?

熱くなったら一度醒まして

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急に寒くなった。
秋が猛烈に冬に向かっている。

その寒さと、台風やら雨やらで不安定な天気のお陰で、
体調がすぐれない一週間と数日であった。
体が辛いな、と思ったら次の日は雨で、
オレの体ってば、気圧に敏感。

ぐずる体を引きずりつつ、作業は細々とやって、
遂に遂に遂に、認知実験のプログラムが完成する。
そんでもって、実験の手順書と記録用紙ができたので、
あとはICレコーダーを部屋のどこからか探してくれば
いよいよ実験に取りかかることができる。

プログラムは当初の予定より大幅に遅れて完成した。
「こういう機能をもったプログラムを作りたい!」と思って、
作業をはじめても、
「この部分は到底いまの自分のスキルではできないな」とか、
「あ、こういう機能も必要だった」とか、
「ここはすごく頑張ればできそうだけど、すっごく大変そう・・・」とか、
いろいろと問題に出くわす。
その度に仕様は変更され、作業が増えて、
無理なところをどうやって回避するか頭をひねたり、
新しいスキルを身につけたりする必要がある。
そうこうしているうちに完成が延び延びになってゆく。
一歩進むと、ゴールが100m遠ざかるような感じ。

なので、スタートした時点でのゴールとはかなり違うものになっていて、
本当はこうやったりああやったりする機能もつけたいのだけど、という
点も少なくはない。
完成させたというよりは区切りを付けたという感じか。

学習(exploration)と利用(exploitation)のバランスは難しいものがある。
その時点でもっているスキルを利用するだけで何かをしようとすれば、
それ相応のことしかできないし、そこには成長の機会がないし。
一方で、学習に時間をかけてばかりいると学習自体は何も生まないので
非常に非効率ということになる。

自分はわからないことがあるとグワッと学習の方向に舵をとってしまう性質なので、
スキルは付くのだけどいたずらに時間ばかり経過して、
しかもそのスキルが大して役に立たなず何も成し遂げられないでぽしゃる
ということを良く経験している。

なので今回は、難しい部分が出てきたら、
それを克服するのにどれぐらいコスト(時間)がかかるか?
ということを常に気にかけるようにして、
あまりに時間がかかりそうなら諦めてもっと簡単な代替案を模索する
というコスト・ベネフィットの手綱取りを厳しくしてみた。

それから、進捗を記録したり、
次にどんな作業が必要か?ということを
メモりながらやった。

結局、振り返るのが恐ろしいぐらい時間がかかったけど、
挫折せずには済んだ模様。

上記2点はバイト中に培ったマネジメント手法なのだけど、
すっごく当たり前の事だったりする。

それでもついつい作業が行き詰まると
作業量と根性でカバーみたいなことになって、
上記2点のような事は煩わしくて放棄してしまいがちになる。

長期的に見れば、熱くなったら一旦引いて、
どこで間違えたか?どこまで引き返せばいいか?
他にどういう道があったか?ということを
頭を冷やしてから考えるほうがスマートに行く。

と、こうかくと明々白々自明の理な感じがするが、
熱くなっているときはそういうことが頭からすっぽり抜け落ちる。

* * *

やっとプログラムができた。
これで実験ができるかと思うとちょっとわくわくする。

結果を見たらきっとがっかりしちゃうのだとしても。

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