The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2009年8月アーカイブ

味は非線形

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いつもよりコーヒーを濃いめに淹れた。

別に眠気覚ましに濃いコーヒーを、と思ったわけでなく、
「このコーヒー豆も風味が落ちてきたから早く使い切って
新しいのを買いたいな」という動機からである。

そしたら、おいしかった。

それで、普段が薄すぎたんだ、と思った。

昔から貧乏性で、お湯を注ぐ系の食べ物は
気持ち多めにお湯を入れてしまう。
例えばクノールコーンスープとか。

ある時にカップ一杯とマグカップ一杯はだいぶ量が違う
ということに気づき、
カップ一杯のお湯でクノールコーンスープを作ってみたところ、
濃厚で豊かな味が感じられた。
こんなの絶対ケイン(濃すぎ)だよと思っていたけれど、
飲んだら普通においしかった。

人間の味覚は化学物質の濃度と線形ではないのだということだ。
味覚だけではなく、知覚全般がそうだけど。
おなじ10グラムでも、
100グラムのものを手に持っているときと
1キログラムのものをもっているときでは、
乗せられた時に感じる重みは違う。

でも、味覚の場合はそういう逓減的な非線形性とはまた違う気がする。
ちょっと入れるとおいしくて、もっといれるとまずくて、
もっともっと入れると全然別の味になったり、
あるいは他の物質の有無でも劇的に味が変わったり。

次はどんな豆を買おう。

発作的な衝動が見事成就するとき

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すっごくぼやぼやしているここ数日である。
早く走る人はほんと、早く走るし、
コンスタントに走っている。

いまは歩いたり休んだりしながら止まっている。

月末には投票をしに越谷にもどらなきゃならないな。

発作的にバッと動くのがすきである。

なんだか愉快な研究室大移動 - Open-Ended

こないだ、すずかけキャンパスにある研究室の荷物を
どががっとCSLに移動した。
その部屋を隣の研究室の先生が一時的に使用するための措置だけど、
もともとはいくつか最低限必要なものをみつくろって
もっていくなり隣の部屋で預かってもらうなりするだけの
つもりだった。
だけど、いざ部屋であれこれ物色し出すと、きりがなくなった。

あれも、これも、それも、どうしよう?
しゃらくさいから、全部持って行くか!

ということで、町田でレンタカーを借りて、
五反田の研究室まで運んでしまった。
一番大きかったのはレーザープリンタで、
その次が液晶ディスプレイ、それから紙の束、本の山。

すずかけと五反田はそれほど近いわけじゃないし、
レンタカーを借りるというのも、それなりに面倒くさいわけだが、
まあその場のノリと勢いで、なんとか移動を完了してしまった。

そういう発作的な衝動が、
見事成就する瞬間は最高に気持ちがいい。

それだけで人生のあらゆる局面を乗り越えられるわけでないことは、
もうすでにわかってはいる。

帰りは結局、終電がなくなって、
奥沢から歩いた。
久々のナイトハイクだった。

はじめての帰省

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やっと元気がでてきた。
崩れてしまったペースをまたもとに戻していこう。

* * *

お盆の8月15日、16日は嫁の実家の新潟に帰省してきました。
去年も同じ頃に新潟におじゃまさせてもらったのだけど、
その時はまだ結婚していなかったから厳密には帰省とは呼べない。

なので今回が初めての帰省である。
それも生まれて初めての帰省である。

うちの両親は父も母も揃って越谷出身なので、
実家とか帰省とか田舎に帰るという概念がない。
父の実家も母の実家もどちらも車で15分程度のところにあるので、
お盆に実家に帰るということをしたことが一度もなかった。

そもそもうちは、
両親の仕事の事情で家を空けて旅行するということが
一年中できなかった家なので、
例え遠くに実家があったとしても
たぶんそこに帰省することはかなわなかっただろう。

そんなわけだから、
小学生とか中学生の頃は
夏休みのお盆の時期は本当に時間をもてあましていた。
仲が良い悪いにかかわらず、
友達はみんな田舎とやらに帰省してしまうのだから。

ひたすら家でうだうだ過ごすしかなかった。

あのころ自分で何かをはじめる"自発性"が備わっていたら、
もっと楽しい夏休みが過ごせて、
今は全然違った人生を送っていたかもしれない。

* * *

新潟では毎度毎度、すっげえ喰わされる。
(毎度毎度といってもまだ2回か)
枝豆、のっぺ汁、トマト、キュウリ、なすの漬けもの。
新潟なのにアメリカンなスケール感ででてくる。
それをオレは喜んで食べる。
なので四六時中満腹。

向こうに滞在している間は、
食って寝てテレビ見て談笑するということぐらいしかしていない。
でもそうしているだけで許されるのだから、
天国みたいな空間である。
おまけに新潟なので東京よりは幾分涼しい。

向こうのお父さんもお母さんも弟さんもいい人達なので、
気兼ねなく甘えてしまって、
「ザ・怠惰」な一泊二日であった。

嫁のおじいさんのおうちにも招いていただいて、
そこでもご馳走をいただいた。
おじいさんは92歳だという。
90代の人を目の前にしたことはいままでなかったので、
なんだかいろいろと考えてしまった。

いまうちの親父が60で、
60歳になったら人生もいっちょう上がりかな、
という印象がしていたのだけれども、
(それでも親父は現役で働いているが)
そこからまだ30年あるわけである。
それってどういうことなんだ?
その30年はどうやって過ごしたらいいのか?
そんな事を考えてしまった。

おじいさんはその年齢だから、当然戦争の時代も生きていたわけで、
広島で弾薬を作っていたことやフィリピン沖の海戦のことを話してくれた。
"歴史"が生々しく感じられた瞬間であった。

そしてたまたまその日は、終戦記念日なのであった。

日常に再適応中

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嫁が朝からせっせと家事をしているなぁ、えらいなあと思いつつ、
時計を見ると、すでに午後1時で、
「なんで会社に行ってないんだ?」と思ったら、
お盆休みであるようだった。

人生のビッグイベントが終了して3日経ち、
その間、大雨あり、地震ありで、どことなく不穏な二日間だったが、
今日は夏以外の何者でもないっ!と言わんばかりの青空で、
洗濯物たちも気持ちよさそうに風に揺れているのだった。

昨日、CSLから出て来たのが夜の7時で、
外に出た時のあたりの暗さにすこし驚いた。
今日の夏模様とは裏腹に、
確実に夏は終わりに向かっているということだ。

日常を愛するようになった。
それがここ一年ほどで自分に起こった変化である。
人生は劇的であってほしい。
そんな風に思ったのもいまや昔である。

それはさておき、
3日経ったというのに、なかなか疲れが抜けない。
それでもやることはいっぱいあるわけで、
気休めにリポビタンDを飲んでバイトに赴くのであった。

式の前の一週間は、ブログの更新が一回もなかったことからもわかるように、
完全に「式の準備モード」になっていて、
しかもそのことにあまり気づいていなかった。
それで、もとの状態に戻って、
「そういえば、普段こんなことをしていたんだった」と、
なんだか遠い昔の習慣を思い出すように、
日常に再適応しはじめていて、なんだか不思議な感覚である。

まだでも、頭の中は非日常モードになっていて、
残像が頭をかすめる。

祝祭のインスタレーション

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絶対涅槃ミュージック

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芸能山城組が毎年行うケチャのお祭りがあるという情報を受けて、
ゼミがひけたあとに行ってきた。

芸能山城組 - イベント情報

何年か前からケチャ祭りをやっているのは知っていたのだけど、
なんとなーく時間がなくて行けなかった。

でも今回はそれにあつらえたように時間が空いていて見ることができた。

夕方の6時に到着して、その時はブルガリアの民族合唱と
グルジアの民族合唱をやっていて、遠巻きに見ていた。

それから、なぜかバナナの叩き売りがはじまって、
そこに全身タイツ(黄色)に唐草模様のマント姿のバナナマンが登場して
最初100万円だったバナナが最後300円で売られていた。
バナナマンの奮闘の甲斐あって、最後の方には
それなりに客席がもりあがったけれど、
基本的には会場のひとびとはバナナマンのかけ声を
しーんと眺めているだけだった。
かわいそうになって何度も「買った!」といいそうになったけど、
雰囲気に飲まれて言えず、結局オレも同罪であった。

そのあとに、いよいよガムランの演奏。
ハイパーソニックエフェクトを存分に感じるために、
地面に敷かれた筵の最前列に腰掛けて、音ができるだけ肌にあたるように
そでまくりをして聞いた。

ハイパーソニックエフェクトというのは
日本語にすると超音波効果なわけだけど
人間の可聴領域を外れた高周波成分である超音波を聴く(浴びる)ことで、
"脳が活性化する"というものである。

人間の可聴域はせいぜい20kHzぐらいでそれ以上の音を聞けといわれても、
普通は聞こえない。
だからCDに録音されている音楽の周波数成分も上限は20kHzであるし、
ギターやピアノなど、日常的に目にすることができるような楽器を
鳴らしてもその程度の音域までしかでない。

ところが、ガムランは20kHzどころか100kHzを越える音域まで
音を奏でることができる。
と、まあうんちくはココでもみてください。

ともかくその、ハイパーソニックエフェクトを一度体験してみたかったのだ。

以前聴いた話では
ハイパーソニックエフェクトは音を数分は聞き続けないと
その実感が湧かないということだったけど、
演奏がはじまって2秒ぐらいで即座に自分の体に異変が起こっているのがわかった。
確かに高周波部分がリッチなのもよくわかった。
普段は使わない、10kHzとか20kHzに対応する耳の奥の部分が
久々に出番がきたとばかりに喜んでいた。

そしてさらに2秒ぐらいあとに、
ハイパーソニックエフェクトがどうとかがどうでもよくなった。

音楽が、ひたすらに心地よくて、
「可聴域以上の高周波を本当に感じるのか?」
「ガムランてどんな音でバリの民族音楽はどんなか?」
そういうことを観察しようとする冷静な視点はあっさりと放棄した。

うそみたいなんだ、本当に。
これはきっと天国、いや涅槃で鳴り響いている音楽に違いないと思った。
ガムランの音楽には明確なパターンがない。
パターンは絶えず変化して、
時間が流れているのか止まっているのかわからなくなる。
それでも力強いうねりが心をさらい、
心の中には動きが生まれ続ける。

あんな鍋と蓋をくっつけたみたいな楽器や
どことなく木琴に似た形の楽器や、
おもちゃの猿がもっているような小さなシンバルみたいのや、
日本の鼓を大きくしたような太鼓を20人ぐらいで演奏するのだけど、
精巧さとはほど遠いような原始的な印象を受ける楽器達。
それが一斉に複雑に打ち鳴らされて、
それでいて絶妙に旋律やリズムが絡み合った音を鳴らしているというのは
驚異だった。

確かに手が早く動いているのは分かる。
だけど、その手の動きでどうしてそんな複雑で豊かな音が出るの?
不思議で仕方ない野田kど、それでも確かに音は鳴っている。
そして音が非常な"細部"まで鳴っている。
それは厳密に制御されているのではなく、
楽器や空間に委ねられて鳴る。

演奏者たちの手の動きも複雑だが調和していた。
昔、手話で話しているのをみて、
まるで蝶が舞っているみたいだな、と思ったことがある。
手話の手の動きはひらひらと優美で、複雑で、繊細ではっきりしていた。
演奏者達の手の動きも同じようだった。
確実に規則的な軌跡を描くのだけど、
つぎにどんな軌跡を描くかはまったく予測不可能。

そして踊り。
女性二人が、舞う。
息をのんだ。
ああ、美しいってこういう意味だったんだと、
美しいという言葉の意味をまるではじめて発見したかのようだった。

生々しく優美で途方もなく高貴な舞だった。

体の表面積からしたらごく僅かなはずの目玉の動きが、
まるでその人の体全体の動きのように感じられたり、
肘や肩の角度は変えず両の手首だけが動く動きが
まるでカニッツァの三角形のようにないはずの何か
大きな力や姿がそこに現れているかのように見えた。

動きが速いわけでも強靱な筋力を必要とするわけでもないのに、
信じられないほど動きがダイナミックで、
ひとつひとつの所作・姿勢からは
意味がそのまま具現化しているような象徴性が感じられた。

目が離せなかった。
音楽と踊りで発狂するのと正気を保つのが紙一重の状態になった。
たぶん、一種の意識変性状態だと思う。

見終わった後は、泣きはらした後みたいに、
頭を締め付けるような微かな頭痛を感じてぼーっとした。
それこそ涙を流した後にそっくりな感覚。

ガムラン演奏が一時間続いたあとは、
しばらく準備に時間がかかった後、ケチャだった。
この頃には、住友ビルの前の広場は人でぎっしりと埋め尽くされていた。

ケチャは中学のときに音楽の授業でやったことがある。
僕の行ってた中学は地元の何の変哲もない普通の公立校だったのだけど、
何故かそのときの音楽の先生が、
芸能山城組でAKIRAの制作にも関わった松本智津子先生で
中一の時の担任の先生でもあった。
この先生が和田あき子バリに豪気な人で、
音楽の授業でケチャをやるぜと言い出した。

当時の僕らはケチャのことなんかまるきりわかんないし、
それでもケチャをやること自体はそれほど難しいことではないので、
わけのわからないままケチャをやっていた。
わけがわからなかったけれど、
その時の高揚感だけは覚えている。
「チャ」という音が漫画の擬音のように具現化して
音楽室全体にぎっしり埋まって瞬間ごとにその配置を変えていくような
「チャ」の洪水に包まれて、一種の恍惚状態を味わったのだった。

だから自分の中のケチャのイメージはそんな感じで、
大人数が口々に「チャ」を連発して「チャ」の圧倒的な洪水に
包まれる体験を予想していたけれど、
それはケチャの本来の体験ではないということが今回よくわかった。

男達が幾重にも円上に並んで、
その中心に向かって座る。
円の中心部の空いたスペースが舞台である。
円陣の男達は舞台そのものであり、
波打ったり倒れたり盛り上がったりする舞台装置でもあり、
BGMを奏でる音響装置でもあり、
演舞に華を添える脇役でもある。

そしてその"人間ステージ"の中心で
神話のような物語が演じられる。

先行していたケチャのイメージの騒がしさとは裏腹に、
繊細で神々しさに富んだ物語だった。

民族民謡とか民族舞踊と呼ばれるものに
こんなにも感銘を受けたのははじめてだと思う。

去年、YouTubeを検索してケチャの模様を撮影した動画を見たときと
うけた印象はまったく異なる。
写真が動画の1コマであるように、
動画もあの体験のほんの1コマに過ぎないのだということがよくわかった。
そもそもがYouTubeの動画では音質も画質も不十分すぎる。
CDの音質でさえ、ガムランの音は収録しきれないのだから当然だが。

もしこの生のケチャを見に行く気がないななら、
YouTubeなどでケチャやガムラン音楽の片鱗をみようとしないほうがいい。
まったく別物だから。
そういうので見ただけでは、
ケチャはただの呪術的な儀式にしか見えないだろうし、
ガムランだって騒がしい音楽にしか聞こえないだろう。

なんとこのケチャ祭りは明日と明後日もやっているので、
ちょっと行ってみたいけど、でもちょっとめんどくさいという人は
がんばって閾値を超えてみることをお奨めする。

* * *

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