The Destination is unknown. The Journey is the Reward.

Author: 野澤真一 / NOZAWA Shinichi , version 2.0190217 / Podcast: 七味とーがラジオ / twitter: @melonsode

2008年4月アーカイブ

秋山兄弟の豪胆さ

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ひたすらゴロゴロしたこないだの日曜日。
体力と気力の回復につとめる。

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司馬遼太郎の坂の上の雲、一巻を読み終わった。
かなりおもしろい。

明治初期の秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟と正岡子規のお話。
江戸から明治に変わって、激動の時代。
人は何かをして身を立てようとする。
それは今も変わらないのだと思う。

秋山兄弟の豪胆さが読んでいてすごく気持ちがいい。

今年の読書3冊目か?
http://melonsode.fem.jp/fs/log/2008/01/20080105.html
http://melonsode.fem.jp/fs/log/2008/01/20080107.html



***

それから、こちらはモーニングで連載中の「へうげもの」というマンガの
一巻から五巻までを読んだ。
これも抜群におもしろい。

戦国時代、織田信長の本能寺の変の少し前から始まる。
主人公は古田織部(左介)と千利休(宗易)。
数奇物(すきもの)のお話。

数奇物とはスキ者のことではなく、
美しいもの、洒落たものを愛でる者のことである。

これを読んで豊臣秀吉のイメージが一変した。
オレの中には昔大河ドラマでみた
竹中直人演じる秀吉のイメージしかなかったのだが、
これを読んでその狡猾さ、貪欲さ、冷酷さ、を備えた新たなイメージができた。

「侘び」の概念や、千利休がやったこと・やろうとしたことの壮大さも
これをよくとよくわかる。
いままで千利休をお茶をやったひと、程度の認識しかなかったけれど、
千利休が茶の湯を通して成そうとしていたことは
世界を変えるようなすごいことだった。



茂木研の伝統芸能「部長プレイ」

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合宿の時に撮影したのをアップ。
茂木研の伝統芸能「部長プレイ」

これ、公に公開しちゃまずいかな・・・。
不都合なら消します。
to 関係者各位


茂木さん「まあ、部長おひとつどうぞ」
関根さん「ああ、茂木くん、ありがとう。じゃあ乾杯と行こうか」
茂木さん「ええでは、関根部長、今後ともよろしくお願いします」
関根さん「ああ、よろしく・・・ってちょっちょっちょ、それは違うよ君ー」
(茂木さんの杯が関根さんの杯より上にあることを指摘)
茂木さん「ああ、これはこれは失礼いたしました」

てな具合。

巣園体操はすっかり忘れてしまったけれども

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母校の高校にゆく。

来週の1日、2日に大菩薩峠越え競歩大会があり、
それにOBとして支援のために参加する。
そのための打ち合わせ。

科学技術班の先輩や後輩、同級生や、恩師とお会いした。
懐かしくって、つかの間、高校生の気分だった。

今回いた同級生は、
オレと同じく博士の学生なのに母校の非常勤講師をやっているやつと、
むかしっから要領はずばぬけていいやつと、
3留して、今年から社会人になったやつがいて、
それから一浪二留していてゲテモノ食いの後輩がいた。

別の後輩はグーグルに就職して、いま研修でアメリカに
行っているんだという。
確かに常軌を逸したやつだったが、それほどとはと恐れ入った。
「残酷な天使のテーゼ」を狂ったように歌ったのが懐かしい。

久々に母校に来て、昔の仲間としゃべって、
ああオレはなかなか面白いところにいたんだなぁと思った。
硬教育を冠するこの高校で薫陶をうけたことが嬉しい。
小中髙大院と異なる5つの学校を経てきたけど、
一番愛着があるのはここだろうと思う。

ボーイスカウトで弥栄をするみたいに、
最後の締めに「天突き」をした。
「天突き」をしたのは本当に何年ぶりだろう!

はは。
けど、巣園体操はすっかり忘れてしまった。
あの独特の体操。

1.7倍

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昨日は体調を崩してしまって、どうにも起きられなかった。
毛布を掛けずに布団だけで寝たのが良くなかったのかもしれない。
体が重くて眠くて、風邪っぽい症状が出ていて、
ようやく起きられたのが午後2時半だった。

昨日はゼミだったのだが、結局行くのを断念してしまった。
へろへろになりながらごはんをつくった。
サラダを作ったら、最後にドレッシングをかける時になって
皿をひっくり返して床にばらまき、台無しにしてしまった。
こういう日はうまくいかないものであるなあと、嘆息。

18:00に東大の研究会の予定が入っていて、
行くのやめようかなと思ったけれど、一時間遅れで参加した。
パイロット実験で得られたデータをMatlabで解析しながら、
みんなで今後の方針を話し合った。

***

今日も昨日の風邪の症状を引きずっていたけれど、
何とか昼前に起きて渋谷にバイトへゆく。
嬉しいお知らせがあって、来月から時給をあげてくれるとのこと。
来月から時給が1.7倍になる。
1.5倍くらいかなと思っていたから、嬉しい誤算だった。

バイト代が入ったので、
やっと冷蔵庫の中のもの以外が食べられるようになって、
バイトが終わった後に、「おはち」で、
マヨ味噌焼定食(若鶏の特製マヨネーズ焼き)780円を食べた。

参考:
http://maniamania.net/blog/2007/09/25/2230~00.php

マヨネーズと味噌のこってりしたソースが、
ジューシーな鳥肉に合う!
おいしかったです。

***

田園都市線ですずかけ台に移動。
電車の中で泥のように眠る。

Local field potentialとAction potential、EPSP、IPSPの関係について考える。

洋風かき揚げを口に入れたその刹那

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履修申請の書類を出すために、すずかけへ。
副指導教官の中村先生に書類にハンコを押してもらった。
「これからは博士課程だから、相当苦しむことになるよ」
と言われた。

申請した科目は「知能システム科学講究第五」という科目だけで、
あとは何も申請しなかった。
「知能システム科学講究第五」というのは茂木研でやっているゼミのこと。
昔の自分だったらなめるようにシラバスを見て、
面白そうな授業を探して、
それらの授業をなんとか時間割のなかに詰め込む「最適化」に
血道をあげたところだが、もうそんなことはしない。

この世界のどこかに面白いことが転がっているような気がしてしまっても、
実際はそんなことなくて、
面白いことは自分で生み出すしかない。

***

すずかけを後にして神保町へ。
「みたて-かな」という展示を見に行く。
ひらがなのタイポグラフィによるアート。

それから見本市本店という紙のお店に立ち寄って、
神保町から淡路町まで歩いた。

連雀町の洋食屋「松栄亭」に入った。
ここに入るのはたぶん5年ぶりぐらい。
浪人生のころに、目をかけてもらっていた先生につれられて、
来たときのことを思い出した。
あれは夏の暑い盛りで、
昼間からビールをあおりつつ、
あつあつのメンチカツやらポークソテーやらにかぶりついた。
先生に「おい、あまり食い過ぎるなよ」と言われながら、
争奪戦のように平らげたのを思い出す。

080423youhuukakiage.jpg

このお店には「洋風かきあげ」というオリジナル料理がある。
この料理は、夏目漱石が外国からのお客を連れてきて、
「何か面白いものを拵えてください」と言ったことからできた。
松栄亭の初代があり合わせの材料で作ったのだという。

今日はこの洋風かきあげとメンチカツ、それにハムサラダを注文した。
浪人生のころに食べたときはひたすらうまいと思った記憶があるが、
どんな味だったかということは忘れてしまっていた。
またこの味を味わえて満足した。

***

松栄亭をあとにして駅まで歩く途中に、
繁盛しているたい焼き屋さんがあった。
ちょっと並んで買ってみた。

080423taiyaki.jpg

たい焼きはふつう、鯛の形をしているけど、
このたい焼きは四角い枠の中に鯛の形が浮いている。
食後の口直しにちょうどよかった。

***

淡路町を後にして、御成門へ。
慈恵医大で研究会。
玉大の坂上先生と臨床心理士の森さんのトークを聞いた。
坂上先生は主にサルの電気生理の実験で、見事な研究だった。

坂上先生のページ
http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/gakujutu/brain/sakagami/index.htm

やっている実験はすごく簡単に言うと複雑なsaccade task。

学習がモデルベースかモデルフリーかという議論をなさっていて、
まず行動レベルでみると、モデルフリーであると。
次に細胞活動のレベルでみると、
線条体のニューロンの活動はモデルフリーだが、
前頭葉のニューロンレベルで見るとモデルベースになっているというのが、
かなり鮮やかに示されていた。

森さんは臨床の方で、やはり臨床の方のお話というのは
とてはとてもリアリティーがあって、
文献などで読んでも伝わってこないニュアンスがわかって、
勉強になる。
前頭葉損傷の患者さんのanhedoniaとうつ病のひとのanhedoniaという
症状は言葉で書くとどちらも「anhedonia」という表現になってしまうが、
実際は全然ちがう状態なのだという。
前頭葉損傷の患者さんの場合は、
目に異常なほど力がなくボーッとした状態であるのに対し、
うつ病の場合は精神的な緊張は保った状態であるということらし。

***

すずかけの階段を登りながら、
日差しの強さが春というよりは初夏を思わせるそれで、
長い連休が来て、梅雨が来て、夏が来て、台風が来て、
秋が来てまた寒くなる、ということが24倍速でよぎった。

「刹那に生きる」というのは、
自暴自棄にその場限りの判断に身を任せる、
という意味でとられることもあるけれど、
本当はすべての一瞬を大切に生きる、ということだと知っている。

8年前のあの夏の日に、
松栄亭でメンチカツをはふはふいいながら食べた、
あの一瞬は、もう絶対に来なくて、
そしてそれは今この瞬間にも言える。
この瞬間のアウラは二度と再現されない。

相変わらず月日が矢のように過ぎてゆく。
論文がちっともすすまないっつーのに。

すてきうまい

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渋谷のMcDonaldが定位置になりつつある。
100円玉で買えるコーヒーはかなりまずい。

久々に論文の執筆にいそしむ。
新しく6センテンス書けたが、
あまりに冗長でnonsenseなので、没にしてもいいぐらいだ。

***

賞味期限を二日過ぎた豆腐が朝ご飯だった。
だし汁の中で暖めて湯豆腐にして食べた。
すてきうまかった。

豆腐はある温度で食べるととても豊かな味と香りを放つ。
南禅寺で食べた湯豆腐を思い出した。

***

強化学習の勉強をする。
強化学習には動的計画法(Dynamic programming)、
モンテカルロ法(Monte Carlo)、Temporal different法があって、
今日は動的計画法。

動的計画法は結局しらみつぶしに行動を調べているのと同じで、
脳がそのような計算をしているとは思えない。

が、まあ勉強にはなった。
policyやvallue functionの言葉の意味がわかった。
ベルマン方程式は解の存在と一意性が証明されている。
どうしてLocal minimal ではなくglobal minimal であるという
ことがわかるのだろうと思ったのだけど、
stateの数は有限であり、動的計画法はしらみつぶしなので、
解が求まるのだろうと理解した。

***

今日も渋谷でバイトで、RSSの規格についてほぼ理解した。
RSSには3パターンあって、
RSS1.0と、RSS 0.9xとその上位互換のRSS 2.0、そしてAtom。
すなわち、RSS1.0とRSS2.0系とAtomが大きな分類。

0.9x、1.0、2.0という表記は一見小さい数字が大きい数字の
部分集合になっていそうな感じをさせるが、
このRSSに限っていえば、
RSS1.0はそれ以外と全然別物で、
RSS 2.0はRSS 0.9xの上位互換になっている。
AtomはRSS 2.0系に近く、XMLがベースとなっている。
一方でRSS 1.0はRDFがベースになっている。

RSS 1.0は個々の記事をあらわすitem要素がchannel要素の
外側にあり、RSS 2.0系とAtomは内側にある。
Atomはchannel要素がもっとも外側のタグであるfeed要素にあたり、
item要素はentry要素になる。

***

RSS1.0の構造
rdf

    -channel

        -title

        -link

    -item(+)

        -title

        -link

RSS 2.0, 0.92, 0.91の構造
rss

    -channel

        -title

        -link

        -item(+)

            -title

            -link

Atomの構造
feed

    -title

    -link

    -entry(+)

        -title

        -link

***

状況は刻々と変化していて、
無自覚に同じ状況がずっと続くと思ってしまうけれど、
実はいずれ終わりが来る。
そう思えば、もっとこの一瞬を大事にできる。

いつも安住の地はないのだと言い聞かせている。
足をのせている足場はいつだって不安定で、
そこが沈む前に、次の足場をみつけなければいけない。

延長された日常

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バイトにて、RSSとRDFの違いについて学習。
RDFはわりと面白い技術だと思った。
主語となるリソースと述語と目的語によって、表現され、
主語と目的語の関係は述語によって有向ラベル付きグラフとして
表現される。
現実にうまくいかないことは分かっていても、
これがWeb上のすべてのURIに対して適用できれば、
Webの性質は相転移が起こるだろうと思った。

そうして出来たネットワークは一つの言語に相当するような
複雑さと体系をもつようになるのでは、
とか無責任なことを考えた。

***

夜は本郷で研究会。
終わった後、飲み会だった。

Mさんが新潟出身だとわかり、
なんだか親近感が湧いた。

終電ギリギリまで飲んで駅まで全力疾走した。
肺が破れるかと思うほど、息を切らして走って、
なんとか電車に間に合った。

***

大学院修士課程から博士課程に移ったものの、
大して生活に変化はない。
新生活というよりは延長である。

それでも、街には初々しい感じの中学生とか高校生とか大学生とか
大学院生とか社会人とかがいて、
いままさに新しい年度が始まった時期なんだな
というのがわかる。
不思議なことに、新入生かどうか、わかってしまう。
電車の中で何気なく会話を聞いていると、
「まさに新入生!」という感じがしてわかってしまう。

入学したてでまだ知り合ったばかり同士で、
手探りで話題を探し話をしている感じとか、
入学したてならではの話題の選び方から、
なんとなくピンと来る。

見るものすべてが新しい生活の先に、何が待っているんだろうね。
新入生の姿を見ながら誰に問いかけるわけでもなく、思う。
そうして、自分がこれから行く先にも、
自分が見たことがない景色が広がっていると思っている。


ぐわーとぐはあ

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少し呆然気味で電車に揺られている。

***

昨日は夏のキャンプの下見で福島県と茨城県の県境付近まで
男二人でドライブ。
今日は、ボーイスカウトの月例隊集会。
疲れたー、ぐはあ。

最近、ボーイスカウト活動にさく時間が増大していて、
それに向かう態度もより真剣で積極的なものになっている。

さく時間が増大しているのは、
この活動が好きでたまらないから、というわけではなくて、
単に人手不足だからである。
自分の代わりになってくれる人がいれば、
よろこんで今の座を譲るけれど、
そういう申し出をしてくれる人はいないし、
この人に是非やってほしいという人もいない。

態度がより真剣になったのは、
真剣に考えないと問題山積でmanageできない、というのもあるが、
活動の水準が下がりすぎているという危機感と
この活動を通してこの世界をもっと面白いものにしたい、
ということを考えるようになったからである。

***

昨日のドライブは
「なんで男二人でドライブしなきゃならんのだ!」
と二人とも嘆息することしきりではあったが、
まあでもそれなりに楽しかった。

先輩の車で行ったのだけど、
先輩の車はHondaのinsightという車で、
ハイブリットカーである。
ふたりとも睡眠不足で疲れ気味であったため、
半分ずつ運転した。

速度メーターがあるパネルには、
現在の燃費をリアルタイムで表示する装置があって、
それを見ながら運転するのはわりと面白かった。
アクセルの踏み方ひとつで、
燃費が 0 km/litterから60 km/litterまで変化する。
加速時や、坂道などでは20 km/litterとかそれよりも低くなり、
普通に走ると 30 km/litterあたりになり、
うまくやると40 km/litterとかになる。

マニュアル車で、
クラッチ操作やシフトアップやシフトダウンのギアチェンジも、
ひさびさだったこともあり爽快だった。
普段乗っている車とはハンドルの操作感が違い、
重量感があり、プロっぽい反応性があって、
それはとても新鮮だった。

***

この世界に満足しているかと聞かれたら、
答えはあっさりとNOであり、
目に見えない何者かが行く手を阻んでいて、
世界をつまんないものにしているんだ、
ということを思ったりする。
自分のままならなさと、
不自由さから自由になっていく感触で、
ぐわーとなる。

雨の渋谷を眺めながら

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渋谷。

MacのACアダプターが壊れ気味なので、アップルストアへ。
壊れた部分だけ買おうとしたら、
そこだけの販売はしていないと言われ、
だけど、修理扱いにすれば1000円程度で直りますと言われる。
修理扱いにするとGenius Barの予約が必要で、
後日と言うことに。
1000円程度で直るならまあいいかと、引き上げる。
少し時間があったので、OICITYの隣のMacDonaldで休憩。
BB Mobile Pointが使えて、しかも、コンセントも完備している。
内装はきれいだし、客も少なく、作業場所としてなかなか良い感じ。

最近、Docomoのmopera Uというサービスを契約して、
オプションで公衆無線LANコースというのを付けた。
月額料金が315円で、地下鉄やMacDonaldや空港など
いろんな場所で無線LANに繋げるようになる。
なかなかコストパフォーマンスがよろしいように思う。

***

今日は、玉川大学に行ってきて、
今度やるワークショップの打ち合わせ・顔合わせをした。
ついでということで、
僕の自発性に関する研究の話もさせてもらったんだけど、
大きく空振ったような気がする。

今日は朝から体調が悪く、明日は明日でやることがあるので、
飲みに行きましょうというお誘いを断って来てしまった。
ノリが悪くてすみません。

小田急線の各駅停車で玉川学園前駅から新宿駅まで来る途中、
ずーっと寝ていた。
なんだかやたらと体が疲れている。

***

いつか報われる時があるなんて思っていなくて、
お菓子のおまけについてきたおもちゃでクスリと笑う、
そんなインスタントな幸福がときどきでもあれば
生きていくには十分なのだと思う。

雨でしっとりした空気を吸い込むと心地よい。

研げない

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包丁の切れ味が悪くなってきた。
そういうときは、実家に持って帰って砥石で研ぐんだけど、
実家に持って帰るのはめんどくせえので、
スーパーでレタスとカツ丼を買ったついでに
包丁を研ぐ器具を買った。

由緒正しい砥石ではなくて、狭い溝に包丁を差し込んで
何度も往復させるタイプのやつ。
本当は包丁を研いで、
そうして切れ味のよくなった包丁で夕食の支度をしたかったが、
ADHDのような症状がでそうなほど血糖値が下がっていて、
(アドレナリン過剰分泌の感じ)
体がガクガクするほどの空腹だったので、
とりあえず夕飯は食べてから研ぐ作業をした。

触れるだけで切れるような包丁にしたくて、
気合いを入れて研いだ。
しばらくやって、
試しに爪に刃先を当ててみるとするすると滑る。
滑るのは切れない証拠で、
よく切れる刃物は爪の上で圧力をかけるとガッチリ動かなくなる。
まだまだかなと思って、
なんども研いでは試し、試しては研ぎを繰り返す。

しかし、一向に包丁は切れるようにならず、
むしろ全然切れなくなってしまった。
刃先を指でなぞると丸くなってしまっているのがわかる。
30分くらいその研ぎ器と格闘したが、
結果的に全然切れない包丁ができあがってしまった。

包丁が悪いのか、研ぎ器が悪いのか、オレの腕前が悪いのか。
どちらにしろ包丁がますます切れなくなってしまったのは確かで、
1000円も払って研ぎ器を買ったのがばからしくなった。
ガッデム。

***

今日の朝つくったフレンチトーストはなかなかうまくできた。
自炊やら洗濯やら、家事をきちんとする生活がもどりつつある。

レヴィ飛行

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カオスと偶然の数学
アイヴァース・ピーターソン著

ハエの自由意志の論文としてちょっと話題になった、
PLoS ONE: Order in Spontaneous behavior
という論文に、
レヴィ飛行(Levy flight)とかフラクタル秩序(fractal order)という言葉がでてくる。
(但し、論文中には自由意志という言葉は1回も出てこない。)

カオスとか力学系の世界で使われる言葉だろうなというのはわかるのだけど、
読んでいてもピンとこなかったのでググり、
森山和道さんの書評で、この本が引っかかった。

全部読んだわけじゃないけど、
自分の研究に関係ありそうなところをメモ。

***

レヴィ飛行

無限小から無限大まで歩幅が変化して
その平均距離や特有の距離が計算できないようなランダムウォーク。

レヴィのランダムウォークはさまざまな歩幅で歩き回り、
大きな歩幅で歩く確率は小さな歩幅で歩く確率よりも
比例して低くなる。
飛行距離を横軸、発生確率を縦軸にとったときに、
power-lowになっているようなランダムウォークか?
ブラウン運動のようなランダムウォークは歩幅はいつも一定。

短い飛行を間にはさんだ長い飛行からなっていて、
ある部分あるいはその中の一部分を拡大しても、
元の尺度でのパターンに非常に似ているパターンが必ず現れてくる。
このことから、レヴィ飛行はフラクタル幾何学であることがわかる。

この本の中には、
アホウドリの飛び方がレヴィ飛行になっていると書いてあるんだけど、
最近の研究でそうではないことがわかったらしい。
http://d.hatena.ne.jp/tatsuamano/20071115

Levy flight in wikipedia

***

近似エントロピー(approximate entropy)

一定の間隔で観測されたデータが決定論的な系から得られたものなのか、
またはランダムな系から得られたものなのかを区別する新しい方法のひとつ。

近似エントロピーは不規則さを測る方法のひとつ。
数列のランダムさを特徴付ける。
この方法は、数列がどのように生み出されたかなど、課程に関する
どんな仮定にも依存していないので、様々なデータに応用できる。

例えば、データが二進数で表されていたとしよう。
この場合には、三つの連続した数字からなる8つのブロック
ー000,001,010,011,100,101,110,111ー
がそれぞれ与えられた列の中にどのくらいの頻度で
現れるかが問題となる。
八つのブロックが全て等しい割合であらわれた時に、
もっとも不規則であると考えられる。

---
それって、オレが修論で計算したエントロピーと近い。
修論では、試行間の差分の分布が偏りがある分布になっているかを、
フラットかを分布のエントロピーを計算することで
行動の時系列がランダムかどうか評価した。

だけども、
Approximate Entropy (ApEn)
by George B. Moody

この記事をみると、上記の説明が本当に正しいのか
疑わしい。

この近似エントロピーなる量ApEnは繰り返しのパターンがでる回数を
おもに評価しているらしい。
(A time series containing many repetitive patterns has a relatively small ApEn)

ApEn( S(n), m, r )

時系列S(n)があって、mは連続する何試行をひとつのブロックとしてみるかであり、
rはどれぐらいの差があっても同じと見なすか。
んで、・・・いろいろ計算して、・・・
すごく大雑把にいうと、
まず、mで同じと見なせるブロックの和を数えて、
次にm+1にしたときの同じと見なせるブロックの和を数えて
両者が近ければ近いほどエントロピーは小さくなるという
論法らしい。

***

ローレンツと自由意志

「ブラジルでのチョウの羽ばたきは、
テキサスで竜巻を起こすか?」

ローレンツの心にあったのは、
もしチョウの羽ばたきで竜巻がおこせるなら、
それが別の要因でおこる竜巻を防ぐこともあろう、
ということだ。

ある攪乱はたいてい別の攪乱で相殺されるのである。
とはいっても、カオスは存在する。
それはランダムなように見えるが、
コントロールすることが出来る。
初期状態への鋭敏性の効果は、
スタジアム型のビリヤードや、心臓や電気回路など
多くの状況で観察できる。
重要なのは、これらの事例を、多くの独立した作用因が働いて
結果が完全にランダムであるような現象から分離することである。

「知的な振る舞いによって生み出される場合を除いて、
全ての不規則性はランダムではなくカオス的なのだろうか?」
彼はこれを肯定する。

「わたしは、その見かけのランダムネスが基本的に生命の行動に
依存していない、他の現象の多くも、同様に分析できるのではないかと
考える」とローレンツは結論づけた。
同時に、彼は、宇宙の運命は全ての生命の行動も含めて
あらかじめ決まっているという厳格な決定論の概念を否定している。
「したがって、自由な意志を心から信じなければならない」と彼は言う。
「もし自由いない志が現実に存在するならば、
われわれは正しい選択を行えることになる。
もし存在しなくても、間違った選択をすることはない。
自由な意志がなければ、どんな選択も出来ないのだから。」

決定論と予測可能性は同義ではない。

---
・・・よくわからん。訳が悪いのだろうか。

***

ランダムネス

「純粋に数学的な立場から言うとランダムネスの概念は極めてとらえにくく、
その存在すら怪しくなるほどだ」と、
数学者マーク・カッツは1983年に述べていて、
状況に応じて異なった解釈をすることに批判的である。
モノーは「偶然と必然」のなかで、
「操作する上での不確定性」と「本質的な不確定性」とでは
差があるとほのめかし、
例として前者に放射性物質の崩壊、
後者に屋根からレンガが落ちて死んだ医者の数をあげた。

カッツはそうは思っていない。
馬に蹴られて死んだプロシア兵の数の大規模なデータは存在し、
放射性物質の崩壊する原子の数のデータと比べて
二つの事象の分布はとても似ている。

---
自発性の問題の裏返しとして、
何をランダムだと呼ぶか?という問いはあるかもしれない。


***

その他、
バックミンスター・フラーの作ったgeodesicドームの構造の話とか、
振動の同期を相転移に例える話なんかがあって、
いま読んでいるブザキのRhythms of the brainと
話題がかぶっている。

学部時代に数学科の学生に混じって聞いた数学基礎論という授業で、
ラムゼーの定理というのをやった。
「無限集合があって、
すべての元からすべての元へいくように赤か白の糸でつなぐとする。
この場合、赤い糸としつながっていないような元が必ず存在する
ということを証明してごらん」、と先生に言われて、
皆目見当がつかなかった。
いや、無限集合とか赤と白の糸でつなぐとか、そういうキーワードは
覚えているんだけど、実際、そういう問題だったかどうかは
あやしくて、一本だけ白であとは赤、とかそういう問題だったかもしれない。

ともかく、そのわけのわからなかったラムゼーの定理がでてきて、
無限集合論の分野の話だと思っていたら
グラフ理論の話の背景になっているのだということを知って、
知的な興奮を覚えた。

ラムゼーの定理 in Wikipedia
これよんでも全然わからん。

高級炊飯器とSPAMバーガー

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ヨドバシカメラをフラフラしたら炊飯器コーナーについて、
8万円とか9万円とかする高級炊飯器なるものがあって驚いた。
そんな高い炊飯器誰が買うんだ、と思ったが売れ筋NO1商品らしかった。

オレが使っているのは研究室に転がっていた持ち主不明で、
製造から10年以上経っていそうな炊飯器だというのに
世の中はなかなか進んでいるようだ。

***

ブランチにフレッシュネスバーガーで「SPAMバーガー」を食べた。
食べるのは2回目。
醤油ベースのたれがかかったSPAMの味を思い出したら
無性に食べたくなった。
どことなく不健康そうな食べ物だが、気にせず。

醤油が強めのテリヤキソースが塩気の少々きついスパムにかかり、
いっしょにサンドされている半熟気味の目玉焼きと
新鮮なキャベツがなかなか絶妙な味わいを醸し出す。

***

SPAMといえばモンティパイソンのSPAM

***

夜に神聖喜劇の作者・大西巨人のドキュメンタリーをNHKでやっていて、
読書しつつも見てしまった。
戦争のこと、人間の本性のこと、
神聖喜劇という大著を書き上げるということ、
などをぼんやり想った。

大西さんは「今の日本は満州事変のころの雰囲気に似ているよ」と、
恐ろしいことを言っていた。
満州事変のころを知っているわけではないけれど、
なんとなく分かる気がする。

***

明日は月曜日であり、待ちに待ったゴミ捨ての日である。
何度も朝寝坊でゴミ出しに失敗しているので、
今日は夜のうちに出してしまった。
これで賞味期限一ヶ月経過の卵とか、
黒と緑のおぞましい色彩に変化してしまった伊予柑とか、
その他2,3週間放置されていたゴミどもを片付けることができる。


ひとりボーイスカウト

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カテゴリ:

日帰りで越谷に来る。
ひとりローバースカウト活動。

BS隊が使用している竹倉庫の修繕をするプロジェクトを
走らせていて、
今回は修繕作業をするための視察。
どんくらい倉庫はボロくなったかを確かめる。
まわりを取り囲む布はボロきれになっていて、
天井のブルーシートはほとんどがはげてベニヤが剥き出しになり、
おそらく雨が振ると中に水が入ってしまう模様。
帰りにホームセンターで修繕に使えそうな材料を物色した。
塩ビのナミイタが安いし、使えそう。

茂木さんにならって、今日の成果をここにかく。
たかが4行ですが。

When we investigate the spontaneous action, a mechanism from which spontaneous actions are generated are considered.

But such concidering makes spontaneity evaporated.

Once the spontaneous actions were described and predicted by some equations, it wouldn't be likely that we call the actions as "spontaneous".

Of cource, it is not a matter whether the mechanism follows either a deterministic process like Newton mechanics or an undeterministic process like the quantum mechanics.


***

ナチョ・リブレという映画を見た。
メキシコの修道僧がプロレスをやるおはなし。
徹頭徹尾清く正しい平和な映画だった。
そこが好感をもてた。
ブランキージェットシティーの「C.B. Jim」という歌には
こういうくだりがある。

"ある日ストリッパーの腕に抱かれて眠ってたボスが目を覚ました
青ざめた顔に冷や汗を浮かべながら

天国行きのエスカレーター
その手すりは、ワニの皮だったぜ

ねむけまなこで台詞を吐き捨て
エンジンふかしたズボンを履き忘れたまま!"

そんな雰囲気の映画。

やぶへび

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すずかけ台でゼミ。
寝坊して、昼から参加する。

てんてんで昼食をとりながら、
隣に座っていた茂木さんに何度も論文を書けといわれる。
そのたびに、曖昧にうなずくしかなくて、弱った。

論文を書くつもりは存分にある。
けれども、論文を書くつもりで2時間机の前に座って、
結局一行も書けずに終わるような現実を、
どうすればいいのだろうか。
そのことを言っても、ちっともわかってもらえないので、
曖昧な返事しかできない。

ゼミが終わった後、茂木さんは帰って、
残ったメンバーはD部屋に集まり、
花見のときに余ったお酒を飲んだ。
いくらか酒を消化することができた。

大半のメンバーが帰って、
部屋の模様替えをしたりゴミの後片付けをしたりして、
その作業が一段落すると、途端にさっきのことが思い出された。

こんな、酒を飲んで良い気分で酔っぱらっているけど、
そんな暇があったら論文を書くべきではないのか。
そう思ってしまったらもう何も楽しめなかった。

揮発性自発性

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今日は雨だった。

***

自発性の問題を考えるといつのまにか自発性が揮発してしまう。

ある行動を見たときにそれが「自発的」に生じたと考えて、
それがどのようなメカニズムで生まれたものなのか解明しようとする。
そのメカニズムが解明されてしまって、
例えば、微分方程式のようなものでその行動が生じる前後の
行動の時間変化を書き表すことができてしまったとする。
そうすると結局はある規則に従ってその行動が生じていただけ
ということになって、
そもそもそのようにして生じた行動を「自発的」と呼ぶものなのか?
ことになってしまう。

それは温度という量は無数の分子の統計量なのであって、
分子1個を取り出してしまうと、
もはやどこにも温度などという量はないのと似ている。

花見の時に塩谷さんと話していたときに、
しきりに「それを自発的だと思うのは誰なの」と聞かれたのだけど、
「自発性」というものはそれを認識する主体抜きには
考えることができない。

自発性を認識する主体は、
何をもってしてある事象を自発的と呼ぶのか。
自発性の問題を考えると言うことは、
それを考えることなのかもしれない。

ランダムに振る舞うものは自発的であるとは言わないし、
レギュラーに動くものも自発的だと言わない。
あるregularityから逸脱したとき、
往々にして自発的と呼ぶのではないか。
それはcontingencyとはどう違うのだろうか。

***

やっと生活にゆとりが出てきて、
自炊をする気が起きた。
でも、あまりわずらわしいことはしたくなくて、
結局 米を炊いただけでおかずはお惣菜屋さんで買ってきてしまった。

今日は雨とはいえ、シャツの上にコートを着ればしのげる寒さだった。
もうセーターはいらないぐらいの気温だ。
それでも、米を研ぐときの水の冷たさはまだ冬のそれだった。


鎌倉墓参りツアー

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花見の次は合宿。
遊んでばかりの東工大茂木研究室。

クオリア日記 合宿一日目
クオリア日記 合宿二日目

鎌倉に行った。
鎌倉駅前の魚河岸屋というお店で晩ご飯を食べて、
江ノ電腰越駅にある宿に泊まった。

今回の合宿は、
新しく入ってきた高野さんの歓迎会と、
毎日就活で忙しいM2の二人の慰労会と、
無事博士課程に進学できたD1の二人(オレと石川)のお祝い
を兼ねている。

去年は湯河原に合宿に行って、江ノ島でウルトラオーシャンビューを見てきて、
その前は鹿児島の桜島に合宿に行った。
それらに比べると今年の合宿は、
あまり遠出をしないこじんまりとしたものだし、
以前の合宿に比べると参加人数は少なめなのだけれど、
だからこそメンバーの1人1人の振るまいがよく見えて、
気さくな感じで楽しめた。

二日目は雨も風も嵐のようだったけれど、
お墓参りをふたつした。
ひとつは円覚寺にある小津安二郎さんのお墓。
墓石には「無」とだけ書いてある。

「無」という字を見て長沼先生を思い出してしまった。
長沼先生は、
「"無"というのは"む"と読むのではない、
"むぅぅぅぅうううううううううう"と読むのだ」
と座禅を組みに行った寺の坊さんに言われて、
なるほど、と思ったのだそうだ。

ふたつめのお墓は小林秀雄さん。
日本庭園から持ってきたような庭石がおいてあって、
とても美しい感じで苔や草が茂っていた。
もしかしたら誰かが手入れをしているのかもしれない。

小林さんのお墓の近くにへんてこなお墓があって、
見に行ったら「赤瀬川」と書いてあった。
赤瀬川源平さんのお墓だろうか。

「あの人、まだ生きてるじゃん!」
「でもあの人ならつくりそー」
と言いながらみんなで笑った。

いよいよ風も雨も厳しくて、
それでも北鎌倉から大船に移動。
駅とか電車とか、人ごみの中を移動すると、
「あれってテレビにでてるひとじゃない?」
「なんて名前だっけ、アハ体験のひと」
というささやきが聞こえてくる。

風で何度も傘がひっくりがえるのを押さえながら
MICASAというお店まで歩いた。
が、茂木さんは打ち合わせがあるといって
僕たちの案内だけして行ってしまったのだった。
ランチは素晴らしくおいしく、
これを食わずに仕事におもむかねばならない茂木さんを
心底かわいそうだと思った。

池上研との合同ゼミ、芸大workshop、花見、合宿と続いた
イベント盛りだくさんの日々もやっと一段落だろうか。
花見の少し前からいろいろやることがあって、
ずっと実家で寝泊まりしていた。
そういうわけで昨日は二週間ぶりに菊名の自分の家の布団で
寝たのだった。

最近の茂木研は楽しい。
茂木さんが次々と面白いことを仕掛けているし、
学生のために割く時間も増えたのではないだろうか。
それに是非とも応えなくては。

Aphasia in Away

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もうオレはどこに行っても平気だー、と思っていたけど、
平気なだけで、無力なのは変わってない。

***

花見の後は車をしかるべき場所まで移動して、その日は眠り、
次の日、三鷹経由ですずかけ台まで行った。

グーグルマップで3種類ぐらい地図を表示させて、
PCを助手席において走った。
それでもすずかけ台までいけた。

途中、いくつも桜並木があった。
散り始めていて、花びらが雪みたいだった。
落ちた花びらは風に吹かれて、舞い、ころがり、
ピンクの小さな貝殻のようだった。

車ですずかけ台のキャンパスに入ったことはなかったので、
ちゃんと入れてもらえるかどうか分からなかったけれど、
簡単な手続きで入れてもらえた。

すずかけ台D部屋に花見の飲み残しのお酒と乾きものを置いた。
大量に酒が余っていて、
これを幹事の報酬として独り占めしてしまおうか、と思ったが、
それよりもっと価値のある使い方があるだろうと思って、
すずかけ台においた。
「酒の肴に論文を読む会」とかやろうかしらん、と画策中。

***

昨日は有楽町の国際フォーラムにアートフェア東京を見に行った。
アートの見本市で、いろんなギャラリーがブースを立てて出店していた。
こんなにギャラリーがあるものなのか、というのが一つの発見だった。
たくさんの作家の作品を見ることができてよかった。
中には気に入った作品もあり。でも、作者とかタイトルとかわすれてしまった。

作品は数万円であったり、数十万円だったりして、
無理して買えないこともない。
だけど、問題は買ったものを飾る場所がないということである。
その作品にふさわしい空間を作って、
その作品をそこに置き、それを維持し、
そうしてその作品を時折めでる心の余裕も持ち合わせてなくてはならない。

***

1年前からか、半年前からか、"場"を作りたいと思っていた。
ずーっと、独りでいること、独りになること、独りでやること、にこだわっていて、
人と一緒に何かやるということを嫌っていた。
それが、"場"を作って、いろんなひとを共存させて、
何か生み出したいと、最近思う。
面白いことをやりそうな人を惹きつけられるような場を作りたいと思う。
他者が介することでどうしよもない不確実性がうまれて、
それがとてもわくわくすることだと気付いたからだと思う。

***

アートフェア東京のあと、銀座で寿司を食ってから新宿に移動した。
なんか二丁目の論壇バーで朗読会があって、それの欠員がでたので、
その補充という形でその朗読会にでることに。
朗読会といっても、参加者がみんなで何かを朗読するわけじゃなくて、
作家の方をお招きして、その方にご自分の作品を朗読してもらうのを聞く、
というものらしい。
作家の方は3名いらして、
残念ながらそのうちの1人しか知ってる作家さんはいなかった。

知っている作家さんはこないだえらい賞をとられた川上さんで、
戦争花嫁という(彼女いわく)短い長編小説を朗読された。

その論壇バーも朗読会も、自分にとっては完全にアウェーで、
なにがなんだかよくわからなかった。
何をどう感じて考えればいいのか皆目わからなかった。
だからただただ押し黙るしかなかった。

この世には、まだまだ自分が無力でしかいられない場所があって、
それはすっげー不愉快千万なことなので、
「世界はオレのものだ」と叫ぶ営みはまだまだ続けないといけないと思った。
今いる場所で自由気ままに振る舞えるようになったので、
「自由だ」と思ったりしたのもつかの間だった。

でもそう、自由や幸せというのは束の間でいい。
自由はそのうち飽きるし、幸せはオレの目標ではない。

桜並木

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実家の近くの桜並木。
音楽は映画「アメリ」のサントラから。

映画「アメリ」
(原題 Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain)
サウンドトラック18曲目 Le Banquet
作曲はYann Tiersen

このサウンドトラックも映画も、どちらも超オススメです。

4/10追記

ためしがき。



花見後記

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花見、でした。4月2日。
チーフ・ハナミ・オフィサー(Chief Hanami Officer, 略してCHO)に
任命されたので、下見、準備、設営、接客(?)、撤営、撤収を仕切りました。

気持ちは「一日限定の露天商」で、
お店を開いてお客さんを歓待するつもりで行動した。
まあそこそこ成功したのではないかと思う。

オレをCHOに任命した茂木さんのブログには
「野澤真一はえらかった」というフレーズが5回ぐらい出てきて、
つかまつった任務を果たせたのだなと安堵した。
クオリア日記080403:野澤真一くんはえらかった

二年前の茂木研の花見の時に幹事の補佐役をやった経験と、
茂木研クリスマススペシャル&忘年会の経験と、
基本的に野外で活動し、リーダーとして集会の企画・計画・実施を行う
ボーイスカウト活動が役に立ったと思う。

今回の花見で難しい点は主にふたつで
1.茂木研のメンバー以外の人をおもてなしすること
2.夜になって暗くて寒くなったときの対策

資材の運搬するために車を使用したのと、
しらふじゃないと幹事の仕事は勤まらないと判断したので、
酒は飲まなかった。
次の日に車をとりに行くとか、運転代行を頼むとか、
そもそも車を使わずに資材を運ぶとか、
何らかの手段を講じれば酒を飲むことは可能であったとは思うが、
与えられた制約のなかでは、そうするのがベストだと判断した。

080404hanami.jpg

いろんな人が「CHOお疲れ様!」「よくがんばったね」と言ってくれて、
「いやいや、いたらないことばかりでして〜」と謙遜しつつも
心の中では全力でガッツポーズをとっていた。

だけど、理想的な幹事の振る舞い方というのは、
あらゆることが過不足なく与えられ、不便さを微塵も感じず、
すべてがごく当たり前に感じられる環境を作り出し、
なおかつ「幹事さんががんばっているからこんなに快適なんだ」と
思わせないことだと思う。

放置されているコップとか誰かの食べ残しとか、
そういうものをほっとくとあとあと面倒なことになるので、
ついついせわしなく掃除して回ってしまったのだけど、
そういう行動は「野澤くんはよく働いているなあ」という感想を
見ている人に与えてしまうので、
もうちょっと目立たずに行動できなかったものか、
というのが一つの反省である。

08茂木研花見総括

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来年の花見のために。

日程:2008年4月2日 13:00-21:30
場所:駒沢公園の芝生広場
花見の場所

日程はその日しか茂木さんのスケジュールが空いてなかったから。

場所は上野公園とか目黒川とか庭園美術館の庭とか
個人的にはいくつか候補があったのだけど、
電通・佐々木さんが駒沢公園がいいよと教えてくれて、
実際なかなかいい条件がそろっていたので駒沢公園に決めた。

この日は茂木さんがすずかけ台で博士の中間審査があって、
それが終わってから花見に来るから、
すずかけ台に近い方がいいだろうというのが一つの拘束条件。
それから、駒沢公園は駅からわりと近く、スーパーも近くにあるという
条件がそろっていた。
二年前の多摩川での花見の時は、駅から20分ぐらい歩かなければ
ならなかったのと、準備不足があって、
迷う人が結構多かった。
また、去年は上野公園で花見をやったのだけど、
その時も、迷う人が多かった。
上野公園は広いし、ランドマークに乏しいし、おまけにすさまじく人が多い。
花見に来る人が茂木研のメンバーだけならば、
多少分かりづらくてもなんとかなるのだけど、
茂木さんの仕事関係の方も多数いらっしゃるので、
ある程度場所のわかりやすさは重要になってくる。

あとは個人的に人が多くないところがいいなと思っていて、
そんなわけで上野公園はあまりやりたくなかった。
駒沢公園は適度な混雑度で心地よかった。

開始時間(設営開始時間)を13:00に設定したのは
「平日の昼間だからそんなに混んでないだろう」という
希望的観測による。
また、茂木さんがすずかけ台をでるのが早くても13:30であり、
そこから移動時間を考えると到着は14:30になるだろうと
見込んでおり、あんまり早くから(午前中から)はじめて
茂木さんが来る前にみんな"出来上がっ"ちゃってもつまらないだろうと
考えたから。

花見の数日前に駒沢公園を下見したのはとてもよかった。
下見をしていたので、かなり具体的にその日の動き方を
イメージできたし、他の人への指示もやりやすかった。
下見の時に駅、公園までの道、地図、公園の場所取り候補地などを
写真に撮った。
それを編集して花見の場所への行き方のホームページを作り
WEB上にアップした。
これを作ったお陰で茂木研外の人が花見の場所にくるときに
迷う確率は減っただろうと思っている。
ともかく、下見はして正解だった。

できたら前日に、その時間に場所取りをしてちゃんと場所を
確保できるかということを誰かに現地に行ってもらって
確かめたかったのだが、人手不足でできなかった。

結果的には第一候補にしていた場所がとれた。
平日の昼間はちびっことその親のグループが多かった。
とりあえず、控えめに場所取りをして、
時間が経つごとにそのちびっ子親子連れグループは帰っていくので、
その人達が帰って場所が空いたら領土を拡大していく
という戦略をとった。
それは実際うまく機能していたと思う。
花見の参加人数もはじめは茂木研のメンバーだけの10人程度だが、
時間が経つごとに茂木研外からの人が増えていくので、
領土の拡大と人の増加のバランスがちょうど良かった。

ブルーシートは4枚持って行っていて、
そのうち3枚は半分にしてその間に段ボールを挟んで
保温性・断熱性を向上させて使用した。
佐々木さんからは「やっぱりあのプチプチシートの方がいいよ」と言われた。
段ボールがあるかないかで、
暖かさが全然違うし、地面の安定感も違う。
シートだけだと、ものを置いたときにしわなどで不安定になり
飲み物をこぼすしたりする事態が多発すると思われる。
今回はそれほど飲み物をこぼす回数は多くなかった。
選んだ場所はわりかし水平で平坦だったのもその理由かと思う。

こぼしたときの対処は拭くしかないわけだが、
誰かが買ってきたティッシュが重宝した。
雑巾やタオルもあったが、それを汚すことに抵抗感があるからか、
あまり積極的には使われなかった。
ティッシュはこぼしたものを拭く以外にもいろいろ使い途があるので
便利だった。

塩谷さんの具合が悪くなってとても寒そうだったので、
もっていった毛布を使ったが、
もし塩谷さんの具合が悪くならなかったら毛布は必要無かったかもしれない。

カセットコンロを持っていって、コーヒーを湧かしたり、
ウィンナーを茹でたりした。
ここらへんははっきり言ってオレの自己満足で、
こういうことをしたらうまくいくか?という
実験的な要素を多分に含んでいた。
つまみを食べ尽くし、みんなお腹いっぱいになっていたので
ゆでたてのウィンナーはあまり喜ばれなかったが、
もし、もっとお腹が空いていたら喜ばれたのではないかと思う。
また、小型の包丁をもっていったので、
トマトと漬け物を切って紙皿に盛って出すことができた。
これもみんながお腹いっぱいになった後だったので、
あまり喜ばれなかったが、お腹が空いている時なら
喜ばれるのではないかと思う。
包丁があると、乾きものとお惣菜に終始しがちな花見の食べ物が
少し豊かになると思う。

みんなが紙皿・紙コップ類を持ち寄ってくれたので、
それらを買う必要が無いほどだった。
ただ、お椀型の紙皿が使いやすいのだけど、
それはもう底をついた。

これは予想していたことだけど、大量にお酒が余った。
外から来る人が「差し入れです」といって持ってきてくれるからで、
しかも昔のあまりも持参しているのでなかなか飲みきれない。
できるだけ封が開いてるものから飲んで欲しいのだけど、
日本酒は飲めない、焼酎は苦手、ビールが飲みたいなど、
人によって酒の嗜好は様々だし、
開放的な気分になっているのもあって
あれも開けよう、つぎはこれを開けようという風になってしまうので、
なかなか効率よく酒を消費するのは難しい。
この問題ははじめから危惧したのだが、
買い出し組に「お酒は少なめに買ってね!」と電話したときには
もう支払いが終わったあとだった。

最後に、二次会の問題を全然考えていなかったのは迂闊だったが、
とても運の良いことに、駅前にカラオケ屋があり、救われた。

花見の準備

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花見の準備で朝からメールを出しまくる。
バイトを休み、輪講もさぼり。

なんつーか、いろいろと疑問がわく。

明日の花見はうまくいくだろうかー。
不安だー。

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